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【第10回】 「ソシエワールド バリ5日間」
【主な旅行日程】 2001年 3泊5日
1月22日(月)自宅 ⇒ 伊丹空港 ⇒ (ANA) ⇒ 成田空港 ⇒ (ガルーダ・インドネシア航空) ⇒ ジャカルタ(経由)⇒ バリ島(デンパサール空港) ⇒ ブノア(グランド・ミラージュ泊)
1月23日(火)ブノア AM タラソ・バリ エステ(女房のみ) PM 自由行動(ショッピング) ⇒ ブノア 泊
1月24日(水)ブノア AM 自由行動 PM オプション(メングウィ・タナロット寺院) ⇒ ブノア 泊
1月25日(木)ブノア オプション (バロンダンス&キンタマーニ高原) ⇒ デンパサール空港 ⇒(ガルーダ・インドネシア航空) ⇒ ジャカルタ(経由)⇒ (機内泊)
1月26日(金) ⇒ 成田空港 ⇒(リムシジンバス)⇒ 羽田空港 ⇒(JAL) ⇒ 伊丹空港 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
早いもので、正月のフランス旅行から帰ったばかりと思っていたら、
もうバリ島行きの日がやってきました。
前回のフランス行きではドジの連続だったので、今回はかなり緊張しました。
【第1日目、2001.1.22】
朝早く家を出て、地下鉄の始発に飛び乗って、大日でモノレールに乗り換えて、
一路、伊丹の大阪空港へ向かいました。
いつものように前日にスーツケースを預けてあったのを取りに行って、
成田行きのANAに乗り込みました。
成田では当選メンバーが終結すると思っていたのですが、
受付カウンターでチケットをもらい、そのままガルーダ・インドネシア航空
に乗り込み、一路インドネシアに向かいました。
ガルーダ・インドネシア航空は相変わらず喫煙席があって、いちおう禁煙席に座ったのですが、
直ぐ後ろが喫煙席のため、煙がまともに流れてきて、たちまち喉がおかしくなってしまいました。
それでもここ2回はヨーロッパ便だったので、ジャカルタへのフライトは短く感じました。
いきなり不安だったのが、行き先がバリ島ではなく、ジャカルタだったことです。
事前にもらっていた予定表にも、ジャカルタ経由とは書いていなかったので、
添乗員も同行していないし、ほんとうにバリ島まで連れて行ってくれるのかどうか
心配したのですが、ジャカルタですこしの休憩の後、
バリ島のデンパサール空港に向けて飛び立ったのでほっとしました。
相変わらず空港ではバリ島初めて人間が、空港職員みたいな格好をした人に、5mほど荷物を
運んでもらって「シェンエン」を要求されけげんな顔をしながら払わされていました。
わたし達は一応2度目なので、いかにも慣れた様子で荷物を運び、両替所を探し、
定番の出口に一番近いところで両替したのですが、
ホテルまでのバスの中でのガイドさんのレートの方が良かったのでガックリきました。
レイを持った出迎えの女の人と記念写真を撮ってから、
一路ブノアのホテル・グランドミラージュへ向かいました。
(写真を一緒に撮った女の人をバスから見ていると、子供を2人連れていて、
いきなり興ざめしてしまいました・・・それに撮った写真は最後までくれませんでした)
グランドミラージュのレセプションルームで初めて今回のツアーメンバーが集合しました。
空港でも感じていたのですが、人数が予想していたより多くて、約30名もいました。
今回の懸賞は5組招待が3回あったそうで、3回分をまとめて招待してくれたようです。
(残念ながらこの時以外はバラバラで、とうとう懸賞の話は聞けませんでした)
今回のツアーは全てフリーだったので、早速ガイドさんによるオプションの売り込みが始まりました。
わたし達は前回はあまり観光しなかったので、今回はオプションを2個申し込みました。
バリ島はジュースはおいしいのが有名なんですが、ここで出てきたウエルカムドリンクは
飲めた代物ではなくて、ほとんどの人が一口、口をつけただけで残していました。
やっと説明会から解放され部屋へ案内されたのですが、
部屋は安いツアーはだいたいがガーデンビュー(陸側)だと聞いていたのですが、
予想に反して、プールも見えるオーシャンビューのツインだったので、感激しました。
【第2日目、2001.1.23】
ツアーでの楽しみの一つだった朝食の時間がやって来ました。
オープンエアーのプールサイドの席に案内され、たちまち食欲が湧いてきました。
バイキング形式で、オムレツは中に入れる具まで聞いてくれて、その場で焼いてくれます。
(けっきょく3日間ともオムレツは欠かせませんでした)
インドネシア料理あり、フルーツも盛りだくさんで食べ過ぎて動けないほどです。
(いかに日頃いいものを食べていないかと思わないで下さい)
今回のツアーでは、ソシエさんがエステをセットしてくれていて、楽しみだったのですが、
行く前にKNツーリストからの電話で、男性は対象外だと断られてしまいました。
グランドミラージュのタラソ・バリエステは有名なので楽しみにしていたのですが、
残念ながら夢破れてしまい、女房のみの参加となりました。
ガイドの「クナンタラ」さんが「なぜ女性全員がエステ受けるの?」と不思議そうに聞いてくるので
「私たちは懸賞で無料で招待されたんだよ」と説明しても、「なんでタダなの?」と
日本に行ったことのない彼には、まったく理解できないみたいでした。
午前中は女房がエステため、そのあいだに海岸を散歩することにしました。
ヌサドゥアからブノアにかけては海岸沿いにずっとホテルが並んでいて、
海岸伝いに他のホテルへも通じていて、隣のノボテルまで往復してきました。
歩いていると現地の若者が「バナナボート」「パラセイル」「ジェットスキー」
なんかをしないかと、しきりに声を掛けてきます。
おまけにマッサージのおばちゃんや、土産物売りのおにいちゃんもいます。
ときたまトップレスの外人さんなんかも見かけたりして、直ぐ時間が経ちました。
【ホテルでの朝食】 【ホテルの部屋より】
午後はギャレリアのシャトルバスでヌサドゥアまで買物に出かけました。
ギャレリアは前回に行っていたので、ちょっと足を伸ばしてプミン村まで歩いて、
こちらでの有名な「ウラム」というレストランで昼食を取ることにしました。
「シーフードバスケット」と「ミーゴレン」と「ビール」を注文したのですが、
まず持ってきたのが「ローソク」でした。
昼間なのに「なんでや〜」と思っていたら、すぐに理由がわかりました。
この辺のレストランは全てオープンエアーで、入り口というか、仕切りが全くありません。
それで料理が運ばれてくると、どこからともなくハエがやってきます。
そのハエ除けにローソクを立てているということに気づいたのですが、
とても2本ぐらいでは押し寄せる大群に歯が立ちません。
もう2本追加してくれたのですが、ハエとの戦いであまり料理の味がわかりませんでした。
食事の後は、クミン村の外れにある「トラギアショッピングセンター」に向かいました。
ガイドブックでお土産が安いと書いてあったからなのですが、
行けども行けどもなかなかショッピングセンターにたどり着けません。
暑さのせいもあって大汗をかきながらやっと目的地に到着しました。
けっこう大きなショッピングセンターで2階が土産物売り場になっていて、
ところ狭しと土産物がおいてあるのですが、予想していたより安くはありませんでした。
それも一見スーパー1店のようには見えるのですが、実はちっちやな店の集まりで、
一軒一軒がコーナーになっていて、値段交渉もそこいらの小さな店と同じだと分かりました。
けっきょくちょこちょこ買ってから、ギャレリアに戻ってギャレリア内にある
「トラギアコンビニ」で値段を見たらこっちの方が安いものがあって、
どっと疲れが倍増してきて、再びシャトルバスでホテルに戻りました。
夜はまたもや欲張って、ホテルの近くの「ニョマン・バリ」というレストランへ行きました。
行く前から小雨が降っていて、店に着いた頃には大雨で、
もちろん仕切りなどないものだから、雷はもろに鳴り響くはで
ここでもゆっくり食事をするという雰囲気ではありませんでした。
ただ雨もだんだん小ぶりになり、名物のインドネシア料理やピザに、
ビールほどの値段のワインのフルボトルを頼んだりして、けっこう満足して帰ってきました。
【第3日目、2001.1.24】
昨日は一日ハードスケジュールだったので、午前中はゆっくりすることにしました。
プールサイドでバスタオルを借りて、浜辺でのんびりバリ島焼けを楽しみました。
このホテルでも前回のフォーシーズンと同じく、浜辺のデッキチェアは
「日本人」と「オーストラリア人」が多いみたいでした。
けっきょく水遊び程度で済ませて、とうとう泳がずじまいだったのは心残りでした。
【海岸にて】
午後はオプションの「メングウィ・タナロット寺院」です。
ホテルのロビーに私たちを含めて約4組ほどが集合して、マイクロバスで
ガイドさんに連れられてモンキーフォレスト(猿の森)に立ち寄ったのですが、
目的は土産物を買わすのが見え見えで、土産物屋のおばさんが「この客は放せへんで〜」と
ついて来るので、気が弱いのでしかたなくバリ人形を買ってしまったのですが、
ふと見るとさっき買った土産物屋のおばさんが、ガイドさんにバックマージンを
渡しているのを見つけてしまい、なおさらながらウンザリしてしまいした。
そのあとはマイクロバスでタマン・アユン寺院へ向かいました。
ここはバリでも有名な寺院だという事ですが、残念ながら中には入れず、
寺院の廻りを一周して、タナロット寺院へ向かいました。
ここはバリ島でも有名な夕日の名所なのですが、わざわざ夕日の時間を
選んだにもかかわらず、だんだん曇ってきて、挙句の果てには小雨まで降ってきました。
夕日のタナロット寺院は見られないし、おまけに「絵はがき30枚シェンエン」という子供の
物売りが山のようにいて、レストランのハエのように寄ってくるし、
未練を残しながら、早々に食事場所のレストランに引き上げました。
ここでもインドネシア料理を期待したのですが、出てきたのは中華料理で
ちょっぴり物足りなさを感じながらホテルに引き上げました。
【タナロットでの夕食】 【雨のタナロット寺院】
【第4日目、2001.1.25】
早いもので、もう最終日になってしまいました。
今日も「バロンダンスとキンタマーニ高原」のオプションです。
ホテルに予定の時刻に集合したのですが、誰も居ません。
そのうち見慣れないガイドさんが現れて、出発しましょうと言ったので、
初めてわたしたちだけの貸切だということが分かりました。
(ガイドと運転手付の貸切でも赤字にならないのは不思議です)
バロンダンスは前回見たのですが、オプションがキンタマーニにとセットになっていたので
二度目となったのですが、行った先がなんと前回と同じ場所でした。
中に入ると「ガムラン」を演奏する舞台の場所が変わっていただけで、
バロンダンスも全く同じ踊りだったので、感激もなくあっという間に終わってしまいました。
【バロンダンスにて】
それから気をとりなおして(?)、一路キンタマーニに向かいました。
キンタマーニはバリ島でも屈指の景色へがいいといわれる1500Mの高原で、
バトゥール山とバトゥール湖の眺めがすばらしく、しかも涼しくて心地よかったです。
眺めのいいレストランに入り、インドネシア料理のバイキングでの昼食でした。
ただここでも土産物売りの子供が一杯いたのには驚きました。
レストランの外では一人でおじさんがガムランをひたすら演奏していて、
お願いして一緒に写真に収まりました。
食事後は湖にでも連れて行ってくれるのかと思っていたら、
意に反して土産物店へ直行したのにはあきれて物も言えませんでした。
ただ、ここでは思いがけない人と再会しました。
前回のバリ島旅行の時にお世話になったガイドさんがいたのです。
(名前は忘れたのですが、わたしたちは「カバ」というあだ名で呼んでいたのですが)
聞き覚えのある声がすると思ったらカバさんでした。
他のお客を案内してきたみたいでしたが、しっかり私たちの顔も覚えていて、
「バリ島はせまいなぁ〜」と感心しながらまたの分かれとなりました。
ホテルに帰ってきたら、もう帰る仕度をしなくてはいけません。
一応18時までのレイトチェックアウトだったのですが、
身支度もつかの間、ホテルから空港へ向かいました。
空港では残ったルピアで最後の土産を買ったのですが、こちらが計算した金額と
相手が電卓で計算した金額が何度やっても合いません。
普通なら根負けするのですが、残った金額の全てを買ったので合わないと足りません。
5回ほど計算してやっとこちらの言っている金額になりやっと買物が出来ました。
おまけに帰りの飛行機では行きで懲りたので、禁煙席の前の方と要求したのに、
持ってきた搭乗券は喫煙席で、何度言っても替えられませんの一点張りで、
どうにもこうにも融通が利きませんでした。
ただ、全体としてはドジも少なくて快適な旅行になったと思います。
もう一度「バリ島」にくるチャンスがあったら、今度はオプションなんかやめて、
エステなんかでのんびりして、少しぐらいは泳いでみたいと思います。
【キンタマーニ高原にて】
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【TOP】
【第11回】 「ジャガーF1特別VIPパッツケージ カナダグランプリ観戦ツアー」
【主な旅行日程】 2001年 4泊6日
6月7日(木) 自宅 ⇒ 伊丹空港 ⇒(ANA)⇒ 成田空港 ⇒(ノスウエスト航空)⇒ミネアポリス(経由)⇒ モントリオール(シエラトンセンター・モントリオール泊)
6月8日(金) モントリオール AM自由行動、PMオプション(モントリオール半日観光) ⇒ モントリオール 泊
6月9日(土) モントリオール F1カナダグランプリ 公式予選 、 ウエルカムパーティ モントリオール 泊
6月10日(日)モントリオール F1カナダグランプリ 決勝ラウンド ⇒ モントリオール 泊
6月11日(月)モントリオール AM自由行動 ⇒ モントリオール空港 ⇒ デトロイト(経由)⇒(ノースウエスト航空)⇒ (機内泊)
6月12日(火) ⇒ 成田空港 ⇒(リムジンバス)⇒ 羽田空港 ⇒(JAL)⇒ 関西空港 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
今回はたった4組の招待だったのが、ジャガーさんの粋な計らいで、
5組も当選枠が増えたので、ラッキーな当選となりました。
急遽当選が決まったみたいで、5月の14日に当選連絡がきて、
6月7日の出発まで、1ヶ月も無いあわただしさでした。
ただ今回はF1レース観戦がメインで、観光がほとんど無いという
内容で、ガイドブックを買ってきてあちこち検討するという必要はありませんでした。
【第1日目、2001.6.7】
今回も残念ながら成田発着でした。
大阪伊丹空港から、成田へは1日2便しかありません。
それも午前中の早い時間に集中しています。
成田での集合時間が12時30分ということで、なんとか成田便で間に合いました。
成田の特別室に今回のメンバーが終結して、ジャガーと旅行社からの説明を受けた後、
一路ノースウエスト航空のジャンボでアメリカのミネアポリスへ飛び立ちました。
最近のJAL機材はエコノミーでも各シートにテレビまでついているのですが、
今回も残念ながら、前のスクリーンに映すタイプで、まだまだ遅れています。
それでも2回の食事の後12時間あまりでミネアポリス空港に着きました。
一旦アメリカへの入国手続きをして、モントリオール行きに乗り換えました。
モントリオールまでは約1時間半あまりで、あっという間にカナダに到着です。
ここでまたしてもカナダへの入国手続きです。
空港からチャーターバスで今回4泊するシエラトンセンターホテルへ向かいました。
モントリオールは、元フランス領だったこともあり、北米のパリともいわれるだけあって、
古い建物と近代的な建物が入り混じった美しい街でした。
街の看板はすべてフランス語と言った感じで、妙な雰囲気です。
ホテルは町の中心にあり、どこへ行くのにも便利なところでした。
ただ添乗員さんから聞いていたのに、部屋には冷蔵庫(ミニバー)が有りませんでした。
まず考えたのが、ここで4泊もするのに、ビールをどうして飲もうかということです。
ただ、これはワインクーラーに氷を入れて冷すことで1件落着、
後はビールを何処へ買いに行くかなんですが、スーパーまではかなり遠いとのことでした。
しかし寝るまで時間があったので、スーパーの場所を聞いて買出しに出かけました。
ホテルから歩いて20分あまりで、目指すスーパーにたどり着きました。
カナダのスーパーは食品ばかりらしくて、適当に見繕って買ってきました。
機内食で余りお腹も空いていないのと、例に寄って1日が余りにも長かったので、
今夜はそのままビールを飲んで寝ることにしました。
【第2日目、2001.6.8】
モントリオールでの1夜が開けました。
今日は今回唯一の観光の日です。
「ケベック観光」か「モントリオール観光」かで迷ったのですが、
ケベックはまたの機会に取っておくことにして、今回は「モントリオール観光」にしました。
(今回のメンバーはだいたい半分ずつに分かれました)
午前中はフリーだったので、ホテルでのバイキングの朝食の後、
モントリオール市内の散策に出かけました。
ホテルは町の中心部にあり、近くのショッピングセンターへは歩いて行けます。
さっそくモントリオール名物の大地下街に挑戦したのですが、たちまち方向が
分からなくなり、地上に出たのですが、まったく違う場所に来ていました。
とりあえず少しだけショッピングをしてホテルに戻りました。
【モンロワイヤル公園にて】
昼からはオプションの「モントリオール半日観光」でした。
ミニバンでの観光で、モントリオール在住のガイドさん(女性)が案内してくれました。
まずは市内を一望できる「モンロワイヤル公園」へと向かいました。
さすがに景色がいい場所ということで、公園の周りは大金持ちや各国の大使館が
立ち並び、日本領事館にも案内してくれました。(通りすぎただけですが)
まずは公園のふもとにある「サン・ジョセフ教会」へ。
ここは遠目の写真撮影だけで、後は車から降りて「モンロワイヤル公園」を
歩いて展望台に向かいました。
歩いていても、公園のあちこちでリスが飛び跳ねています。
展望台からのモントリオール市街の眺めは素晴らしいもので、
以前にあったオリンピック公園も眺められました。
(ただ当然今日のコースに入っていると思っていたのですが当てがはずれました)
公園を後にして、「ノートルダム大聖堂」に向かいました。
ここは旧市街地で、観光馬車なんかが暇そうにたむろしていました。
平凡な外観に比べて中はステンドグラスなどが素晴らしくて、
荘厳な雰囲気を味わいながらしばらく見とれていました。
後は旧市街地を思い思いに散歩して、短い市内観光は終わりホテルに戻りました。
【ノートルダム大聖堂】 【サン・ジョセフ教会】
【第3日目、2001.6.9】
今日からいよいよF1の公式予選が始まります。
朝から渋滞するとのことで、朝食はキャンセルしてレースの行われる
ノートルダム島へ向かいました。
レースが行われるのは、はセントローレンス川の中州の小さな島で、
モントリオール万博の時に作られた人口島だそうです。
ジャガーチャーターのバスは渋滞のあいだを縫って、
ノートルダム島にある「カジノ」の地下駐車場に入りました。
ここからは歩いてレース場に向かいました。
コースを横切る橋を渡ると、車が待っていました。
車に乗ったのですが、わずか1分あまりパドックの入り口に着きました。
ここからパドックへの入場ということで、入場券のチェックと
手にブレスレットのような紙の腕輪を付けられました。
(入場券だけだと入れ替えられるといけないのでダブルのチェックをしているとのことです)
パドックとは、F1カーが整備したり給油したりするピットの上や後ろのエリアで
ドライバーが食事や休息したりする場所のことですが、私たちが案内されたのは、
ピットの2階につくられた、専用のパドッククラブといわれるエリアでした。
各チームごとにエリアが仕切られていて、我がジャガーチームは入り口に近い
場所に設営されていました。
パドッククラブの中は幾つものテーブルがセットされていて、
私たちは奥のテーブルに案内されました。
さっそく朝食代わりのクロワッサンが配られて、飲み物は何でもオーダーできるとのことでした。
それに私たち招待客には「ジャガーグッズ」の入ったボックスがプレゼントされました。
【パドック・クラブにて】
しばらくしてF1の轟音が鳴り響きました。
私たちのいる真下がピットなので、そこからコースへ向かってF1が予選に出て行くのです。
あまりの轟音にたちまちあちこちで、入り口でもらった耳栓を付け出しました。
(わたしはル・マンで慣れていたので平気でした)
クラブの端がデッキ状になっていて、ちょうど2階から下を見下ろすと
ピットから出て行くF1が真下に見えるようになっています。
パドッククラブの真正面がメインスタンドとなっています。
そのうちピットウオークが始まりました。
普段は入れないピットにパドッククラブに招待された人だけが入れるとのことです。
階段を下りてぞろぞろとピットに向かいました。
ただピットウオークの時間はドライバーは休息しているらしくて、
F1の置いてあるエリアを見て廻るというものでした。
コースを走っているドライバーに指示するディレクター席なんかにも座れて、
VIP気分を満喫できました。(ほんとはダメだったみたいでしたが・・・)
ピットウオークの後はいよいよお待ちかねの昼食です。
この日のために用意されたという、ランチが運ばれてきました。
前菜・メーンディッシュとあっという間に平らげてしまいました。
飲み物はビール・ワイン・水割り何でもありで、デザートが出てくる頃には
真昼間だというのにかなりいい調子になっていました。
F1の予選もなんとか無事に終わってパドックを引き上げる時間となりました。
帰りも少し渋滞したのですが、すんなりホテルに帰還しました。
今夜は宿泊しているホテルの近くの「クイーンエリザベスホテル」のレストラン
「ビーバークラブ」でのウエルカムパーティでした。
みんなそれぞれ「スマートカジュアル」に着替えて、ぞろぞろ歩いて出かけました。
なかなか由緒のあるレストランとのことで、フランス料理のフルコースを堪能しました。
【F1カナダグランプリにて】
【第4日目、2001.6.10】
一夜明けて、いよいよ今日はF1の決勝の日となりました。
我がジャガーチームのアーバインとロサは予選の成績はあまり芳しくなかったのですが、
朝からは最後のウォームアップ走行の轟音が鳴り響いていました。
そのあと我がパドッククラブにドライバーのアーバインが訪れてくれました。
話の内容は良く分かりませんでしたが、写真は撮るは、サインはもらうはで
わがツアーに参加した連中はまるでパニック状態でした。
あとはパドックを抜け出して、一般参加のコース周りをウロウロして土産を買ったり、
ランチの後、いよいよ決勝レースのスタートの時間となりました。
トップはミハエルとラルフのシューマッハ兄弟の争いとなりました。
メーンスタンド前に勢ぞろいして、69週のバトルが繰り広げられました。
ところが直ぐに我がチームのアーバインの車が見えなくなりました。
(あとでビデオを見るとわずか2週目で他の車と接触してリタイアしていました)
なんとかロサが完走したのですが、最後はラルフ・シューマッハが
兄のミハエルを抑えてトップでチェッカーフラッグを受けました。
あっと言う間の短い(約1時間半)F1レースが終わってしまいました。
名残惜しみながらノートルダム島のレース場をあとにしてホテルに戻りました。
明日はあまりゆっくりする間が無いので、最後の夜ということで買物に出かけました。
ホテルからあまり遠くない土産物屋さんで、土産物を買い込みました。
ただ州によっても違うのですが、カナダは14%あまりも税金を取られるので
計算が難しくて、あっという間にカナダドルが減ってしまいました。
【コースにて】 【エディ・アーバイン選手】
【第5日目、2001.6.11】
早いものでいよいよ最終日となってしまいました。
今日はゆっくりホテルの朝食を食べてから、荷物をまとめて出発です。
今回は観光らしい観光は出来なかったのですが、
なによりもF1をVIP待遇で観戦できたという、何にも替え難い経験が
できたので、いい思い出ができました。
楽しかったモントリオール空港を後にして、帰りはデトロイト経由です。
デトロイトまでは約1時間、ここから飛行機を乗り継いで一路成田へ向かいます。
帰りの便は成田経由北京行きの中国民航との共同運航便で中国の人で一杯でした。
帰りは旅行社の不手際(?)で女房と席がバラバラとなり、なんとアメリカ人と
台湾人の女性にはさまれると言う、最悪の帰途になりました。
わたしが英悟を話せないと知るや、わたしをはさんで英悟でワイワイ話しが始まりました。
アメリカの女の人は成田経由でグァムへ、台湾の女の人はデトロイトの展示会の帰りとのことで
このあと商談で大阪へ行くとの事。
(聞く方は途切れ途切れでなんとか分かりました)
この先12時間もこの調子で喋り捲られるのかと心配していたのですが、
なんとか旅行社の方が頑張ってくれて、席をチェンジできてほっとしました。
成田からはリムジンバスで羽田まで行き、関空から自宅といういつものルートで
若干疲れはしたものの、なんとか無事に帰ることが出来て、
短かったカナダの旅も終わりました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【TOP】
【第12回】 「コニカ ベトナムの旅」
≪主な旅行日程≫
8月30日(木) 自宅 ⇒ 伊丹空港 ⇒ 成田空港 ⇒(JAL・ベトナム航空共同運航便)
⇒ ベトナム(ホーチミン)空港着 ⇒ ホーチミン泊(ホテル・エクアトリアル)
8月31日(金) ホーチミン ⇒ 市内観光&ショッピング ⇒ ディナークルーズ(オプション) ⇒ ホーチミン泊
9月1日(土) ホーチミン ⇒ AM、オプショナルツアー(クチトンネル) ⇒ エステ&マッサージ ⇒ ホーチミン泊
9月2日(日) ホーチミン ⇒ オプショナルツアー(メコン川クルーズ) ⇒ ホテル ⇒ 空港 ⇒ 機内泊
9月3日(月) ⇒ 成田空港 ⇒ 東京駅 ⇒ (新幹線)⇒ 新大阪駅 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
今回は始めての試みで、メールによるオプションツアーの予約をしたのですが、
ちゃんと日本語での返事をもらったので、安心して出発の日を迎えました。
後で聞いた話ですが、JTBのオプションに申し込んだ人は比較的少なかったみたいでした。
これからは(あるかどうか分かりませんが)やはり事前の調査が大切だと
いうことが今更ながらよく分かりました。
そんな訳で今年正月を含めると4回目の海外旅行出発となりました。
【第1日目、2001.8.30】
成田空港の第二ターミナルビル3階の団体カウンターでチェック後、
特別室に全員が集合しました。
当選者25組(50名)が2組に分かれ、それぞれ添乗員さんが付きました。
一通りの旅行の説明を受け、一路ベトナムへ向けて出発です。
飛行機はJALとベトナム航空の共同運航便ということで、
今回も半額ながらマイルが加算される恩恵を受けることとなりました。
機内食は予想通り(?)和食中心で、ベトナム料理は出てきませんでした。
あっという間の4時間余りでホーチミンのタンソンニャット国際空港に到着、
物々しい入国審査と税関を出てホッと一息する間もなく、両替です。
ベトナムはUSドルも使えるとのことで、必要最小限だけ「ドン」に替えました。
後は2班に分かれてバスに乗り込み、エクアトリアルホテルに向かいました。
話には聞いていたのですが、ホーチミンの街は「ホンダ」であふれていました。
(ベトナムではどのメーカーのオートバイもホンダと呼ぶそうです)
オートバイの谷間を縫って、自動車やバスが走っていくという感じで、
車はクラクションを鳴らしっぱなしで肩身が狭い状態です。
車窓の景色に見とれているうちにホテルに到着しました。
市街の中心部より離れたところに、ホテルが1軒だけ浮いて建っているといった
立地条件で、なぜこんなところに建てたのか不思議です。
あとは全員集合して旅行中の説明を受けて解散となりました。
【ホテル・エクアトリアルにて】
【第2日目、2001.8.31】
ホーチミン(旧サイゴン)での1夜が開けました。
部屋の窓から下の道路を見ると、もうホンダがあちこち走り回っています。
今日は今回セットされている、唯一の市内観光とショッピングの日です。
バス2台に乗りこみホテルを出発することになったのですが、
もう土産の売り子さんがまとわりついてきます。
バリ島でもそうだったのですが、ベトナムの売り子はあまりしつこくなさそうでした。
南ベトナム統治時代の大統領官邸である「統一会堂」、「ヴィン・ギエム寺」等を廻り、
例によって「土産物店」へ立ち寄りました。
ここではベトナム民族衣装の「アオザイ」のオーダーが出来るとのことですが、
もっぱら土産物を物色していたのですが、連れてこられる店は割高感があるので、
店の外をぶらついていたら、また売り子の女の子につかまってしまいました。
「もう何日も何も食べてないからおなか空いたよぉ〜」と流暢にしゃべって
いる割には、ぽっちゃりとした顔をしていたような気がしました。
その後はレストランでの昼食となったのですが、ここでもなんと中華料理で、
期待していたベトナム料理には有りつけませんでした。
レストランを出てきたら、先ほどの売り子にまたつかまってしまいました。
どこまでついて廻られるのかと思ったのですが、何も買わないのに
帰り際にバスから手を振ったら、愛嬌を振りまいていました。
食事の後は「人民委員会庁舎前」で集合写真を撮り、
午後は「サイゴン大教会」、フランス建築様式を残す「中央郵便局」等を観光して
ホテルに戻りました。
【ヴィン・ギエム寺】 【統一会堂】
夜は「サイゴン川ディナークルーズ」を予約してあったのですが、
定刻にホテルに片言の日本語を話すウェンディツアーのガイドさんが現れました。
ホテルからサイゴン川畔まで車で送ってもらい、
停泊している船に乗りこもうとしたのですが、
桟橋の手前でまたしても女の子の花売り娘につかまってしまいました。
白のアオザイを着たかわいい子供だったのですが、
花を買ってもしかたないので無視することにしました。
クルーズ船はけっこうでっかい船で、見晴らしの良い上階席に案内され、
席に着くとやっと憧れのベトナム料理が運ばれてきました。
ベトナム音楽の生演奏も始まり、そのうち船も岸壁から離れました。
あっという間のひとときでしたが、近くの中国人の団体がうるさかったのと、
ガイドさんがずっと付ききりだったのがちょっと気になりました。
船が戻ってきて、下船しようとするとなんと先ほどの花売り娘が待ち構えていました。
さすがに買ってやろうかと思ったのですが、女房が冷たい視線で見るので、
涙を飲んで、ポケットにあった「ハイチュウ」を渡したら、
ちゃんと日本語で「ありがとう」と言ったので救われた気がしました。
【サイゴン大教会】 【ディナークルーズにて】
【第3日目、2001.9.1】
今日はオプションの「クチトンネル」半日観光です。
昨日とは別のガイドさんがマイクロバスでホテルに迎えにきて、
他にも居るとのことで、バックパッカーが泊まるようなホテルと、
高級ホテルを廻って、3組で「クチ・トンネル」へ出発しました。
運転手は若い兄ちゃんで、センターラインをはみ出しては、
対向車がパッシングで応戦するのですが、それに手を振って答えるという、
どうしようもない運転で、保険に入ってきて良かったと実感しました。
クチ・トンネルはベトナム戦争時代のベトコンの隠れ家とも言うべき
トンネルの址ですが、かなり観光化されていました。
まず白黒の時代物のベトナム戦争時代のビデオを見せられてから、
クチ・トンネルへ向かいました。
トンネルと聞いて、大人が立って充分歩ける広さを想像していたのですが、
まず見せられたのは、迷彩服を着た観光ガイド(?)さんが入る入り口の狭さです。
両手を一杯上に上げて、やっと入りこめる入り口の狭さで、
とてもアメリカ人では入れそうにも無いことがよく分かりました。
中は多少広いのかと思っていたのですが、いざ入ってみるとほとんど中腰でないと
頭を天井にぶつけてしまいます。
ちょっと歩いた(這った)だけで、どっと汗が噴出してきました。
おまけに中が1段目、2段目とだんだん深くなるにつれて、
ますます蒸し暑くて、穴から出てきたらひざがガクガクでした。
おまけに服も泥だらけになるは散々でした。
(ガイドブックには観光化されているので、服も普通で良いと書いてあったのですが・・)
さすがにガイドさんはけろっとしていて、これではアメリカがベトナム戦争に
勝てなかったのも仕方が無いと妙に納得してしまいました。
【クチトンネルにて】
早めにホテルに戻ってきたので、ホテルの近くの「アンドン市場」へ買い物に出かけました。
地図で見ると近そうだったのですが、歩いているとなかなかたどり着けません。
おまけに当たりは普通の市街なので、観光客は見世物みたいな目でジロジロ見られてしまいます。
なんとか市場にたどり着き、ホーチミンでも珍しいエスカレーター付きの
3階建ての市場を、ひたすら土産を探してうろついたのですが、
これと言ってめぼしいものは見つかりませんでした。
ホテルに帰ってきてからは、楽しみにしていた、エステ&マッサージでした。
ホテル内のエステゾーンに案内され、フェイシャルエステが始まりました。
あまり覚えていないのですが、顔を蒸気で蒸されてその後が大変でした。
何やら吸引器のようなもので、脂を吸出しているみたいなのですが、
この吸引力が中途半端ではありません。
顔の皮が破れるんではないかと思うくらい引っ張られたのですが、
さすがに終わったあとはすべすべで、帰ってきてから一ヶ月あまり持続しました。
その後は全身マッサージで、旅行前の疲れが全て吹き飛ぶような心地よさで、
最後にお茶とフルーツまで出てきて、至れりつくせりでした。
(もちろん無料という理由が有るからでもですが・・・・)
ただ「マッサージには貴重品・現金は持たずに集合下さい」と書いてあったので、
手ぶらで行ったのですが、最後にチップを要求されてしまい、
そこらじゅう探しまくったが持っていなくて、恥を欠いてしまいました。
【第4日目、2001.9.2】
一夜明けて、早いものでいよいよベトナムでの最終日となりました。
今日も欲張ってオプションの「メコン川クルーズ」です。
今回は同じツアーのメンバー2組と一緒でした。
ホテルを出発してマイクロバスでメコン川畔の町、ミトーへ向かいました。
ミトーに到着後、はしけのような観光船(?)に乗って、
土色をしたすごい水量のメコン川に繰り出しました。
たくさんのはしけを縫うようにして、川の中州のタイソン島に向かいます。
ここではココナツキャンディを作っているところや、蜂蜜の巣箱を見物したり、
果物とお茶の接待で、島の女の子の舞踊を見学したりの観光です。
その後はメインイベントで島の中の運河のようなところを、
小さな手漕ぎポートに乗って巡るジャングルクルーズとなりました。
頭にベトナム傘をかぶってのクルーズはなかなか楽しいものでした。
(傘はくれると思ったのですがしっかり回収されてしまいました)
ところが女房が泊っている別の船との間に指を挟まれるというアクシデントが
あったのですが、なんとか大事に至らずホッとしました。
けっこう乗り応えが有って、船頭(?)さんも疲れてきたと思う頃に、
元のメコン川の船着場に出てきました。
先ほどの船が迎えにきていて、ヤシの実ジュースの差し入れがありました。
【メコン川クルーズ】
また船でミトーの街に戻り、今度は楽しみにしていた昼食です。
案内されたレストランでは、名物の「エレファントフィッシュ(象の耳)」の姿揚げ、
海老のサラダ、サッカーボールのような揚げおこわ、海鮮鍋等が出てきました。
エレファントフィッシュは野菜と一緒に、ライスペーパーにくるんで食べるのですが、
白身魚で淡白に味だったので、魚嫌いのわたしでもなんとか美味しく食べられました。
食事のあとは満腹状態で、うとうとしながらホーチミンまで戻りました。
【象の耳料理】 【ホンダです】
ちょっと早く着いたので、またしても市内で最後の買い物タイムとなりました。
国営百貨店であれこれ土産物を見繕っていたのですが、
百貨店とは名ばかりで実態は市場で、やはり1軒1軒に店が分かれていて、
いちいち買い物の度に値段交渉をしなくてはなりません。
最後に市内観光で行けなかった有名な「ベンタン市場」に行ったのですが、
ここがガイドブックとは大違いで、あまりこれと言ってめぼしい店がありません。
小物を置いている店を覗いたのですが、日本人が取り巻いていたのでうんざりしました。
そろそろ帰りの時間も近づいてきたので、市場の外へ出たところ
なんと大きな「すだれ」が巻いてぶら下げてあったところへ、
下を向いて歩いていた女房がまともにぶつかってしまいました。
顔にしっかりアザが出来てしまい、せっかく美しくなった(?)はずの
フェイシャルエステも台無しとなってしまいました。
昼間の「指はさみ」といい、今日は散々な1日でしたが、
なんとか傷害保険も使わずに無事に帰途に着くことが出来ました。
空港でも最後の土産探しをして、短かったベトナムを後にしました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【TOP】
【第13回】 「マルホン工業 グアム4日間の旅」
≪主な旅行日程≫
1日目 9月4日(水) 自宅 ⇒ 関西空港 ⇒(JALウェイズ)⇒ グアム空港 グアム・リーフホテル(泊)
2日目 9月5日(木) (終日自由行動) オプショナルツアー(フルーツワールドと南部観光) グアム・リーフホテル(泊)
3日目 9月6日(金) (終日自由行動) トロビカルスニーカー観光 グアム・リーフホテル(泊)
4日目 9月7日(土) (終日自由行動) グアム空港 ⇒(JALウェイズ) ⇒ 関西空港 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
当選通知の電話が入ったのが5月8日で、出発が9月4日ということで、
途中いろいろあったのですが、随分待たされた旅行となりました。
数えれば6年連続13回目の海外旅行となりましたが、
去年のベトナム旅行から約1年あまりも経ってしまいほんとに久しぶりという感じです。
おまけにこの先の当選もあまり望めそうにもないので、しっかり楽しまねばなりません。
行く前からグアムでは大地震や超大型の台風来襲のダブルパンチみたいで、
あまり良いうわさはなかったのですが、とりあえず出発の日となりました。
今回は各自の出発ということで、空港に全員集合というパターンではありませんでした。
関空のJTBの団体受付カウンターでチェックインして、いざ出発です。
【第1日目、2002.9.4】
いつもなら空港使用料を支払ってから出国審査となるのですが、
今回はなぜか旅行代金に含まれているとのことで、行く前からラッキーでした。
グアム行きの飛行機は11時発のJALウェイズ943便で、
リゾッチャと派手にペイントされたジャンボ機でほぼ満席の状態でした。
座席は2階席とのことでさぞかし良い席かと期待したのですが、
ごく普通のエコノミー席で座席の前には予想していたテレビも付いていませんでした。
幸い2階席はごく少人数の席しかないので、比較的静かに過ごせました。
最初からあまり期待していなかった機内食ですが、やはり予想通りの軽食でした。
たった3時間あまりのフライトなので、あっという間にグアム国際空港につきました。
入国審査も日本人慣れしているみたいで、さっと済ませて初めてのグアムに降り立ちました。
日本も暑かったのですが、やはりグアムもそれなりに熱いという印象です。
直ぐにお迎えのガイドさんに導かれてホテル行きのバスに乗り込みました。
これも事前に聞いて予想はしていたのですが、
やはりバスの中はガンガン冷房が効いていて、寒がりの女房はさっそく上着を着ていました。
「オーシャンビュー」「ウエスティン」のホテルを廻ってやっと「リーフホテル」に到着。
最後にバスから降りたのはわたしたちを含めて2組だけでした。
予想していたよりはちょっと大きめのホテルで、ロビーからは海と直結したように見える
プールが正面に見渡せてなかなか良い雰囲気です。
ロビーでホテルの説明を受けたのですが、キーをもらうときに「スイートですね」と言われて
思わず女房と顔を見合わせてしまいました。
4階だったのですが部屋に入るとかなり広めで、オーシャンビューの角部屋みたいで、
右のベランダからは恋人岬やホテル・ニッコーが望め、左のベランダからはタモン湾が一望できます。
この部屋で3日間過ごせるということで、今回はかなりラッキーでした。
それと冷蔵庫はカラで、まるで何でも買ってきて入れてくださいという状態でした。
少し休憩してから明日以降のオプションを申し込むということで、
「JTBのコンチャラウンジ」へでかけました。
場所はホテルから出てホテルロードを渡るだけの直ぐそばでした。
明日のオプションは「ココス島」に行くか「フルーツワールド」に行くか迷ったのですが、
けっきょく「南部観光とフルーツワールド」ということにしました。
明後日は今回のツアーで無料で申し込める「トロビカルスニーカー半日観光」にしました。
それと夜の食事には、あれこれ迷ったのですが「ヒルトンホテルのバーベキュー」にしました。
あとは近くのストアーでさっそく土産物を物色して、あまりお腹も減っていなかったので、
ABCストアーで食料と飲料をどっと仕入れてからホテルに戻りました。
【グアム・リーフホテルにて】
【第2日目、2002.9.5】
グアムでの1夜が開けました。
いつも狭い部屋で慣れているせいか、目覚ましよりも早く目が覚めました。
部屋の窓から下のタモン湾を見ると、もう海岸を散歩している人がいました。
今日は昨日申し込んだ「南部観光とハマモトトロピカルフルーツワールド」の日です。
待ち合わせ時間の9時にロビーに中年の女性ガイドがやってきました。
あとは各ホテルを廻っていざ出発という手はずなんですが、
オンワードホテルで足止めとなってしまいました。
なんでも他のツアーで乗り遅れた客を乗せるとか乗せないとかでもめているみたいでした。
けっきょくすったもんだした挙句、そのまま出発となりました。
すこし出発が遅れたせいでマリーナはトイレ休憩だけ、セッティ海岸展望台も足早で、
ソレダット砦はパスしようとガイドが言い出すので、無理やり停車さすといったありさまです。
先日まで土産物売り場で働いていたというガイドさんは、家庭の身の回りの話ばかりで、
ほぼ満員のバスの中はかなりしらけた雰囲気が漂っていました。
それでもなんとか予定のコースを廻って「フルーツワールド」に向かいました。
ここは四国出身の日本人のハマモトさんが経営するというグアム島南部の農園です。
ココナッツしぼりやココナッツ割りの実演を見たあと、ジュースを飲んだり、
トロピカルフルーツの試食(?)があったのですが、マンコーなどの果物より
ココナツをわさび醤油で食べるのが一番美味でした。(ほとんど醤油の味でしたが・・・)
その後はハマモトさん運転のトラクター(観光用?)に引っ張られて農園を一周したのですが、
木が倒れたままの台風の爪あとがそのまま残っていて、台風のすさまじさを改めて感じました。
最後にお待ちかねのバーベキューランチというので楽しみにしていたのですが、
鶏のカラアゲとソーセージのみで、あとは冷やしうどんとライスとサラダぐらいで、
みんなは冷やしうどんが美味しいと列が出来ていました。
それとハマモトさんの飼い犬が食事中うろうろして離れなかったのですが、
なんとヴィトンの首輪をしていて、思わずヴィトンの買い物の事を思い出してしまいました。
あとは売店で土産物を見繕って「フルーツワールド」ともお別れとなりました。
【ハマモトフルーツワールドにて】
最後は希望者のみ「マイクロネシアモール」まで行って解散となりました。
とりあえずここでもすこしばかり土産物を物色して、ついでに隣にある「ベイレスマーケット」
も覗いてから、ショッピングバスでホテルまで帰ってきました。
そのあとまだ時間が早かったのでヴィトンの首輪で思い出したDFSへ買い物に出かけました。
お目当てのヴィトンですが、パリで買い損ねた品物はちゃんと揃っていたのですが、
値段を聞くとなんと日本で買うより少し高いぐらいでした。
わざわざグアムまできて高い買い物をして持って帰ることはないので、
未練たらしい女房の手を無理やり引っ張ってホテルに戻りました。
後はせっかくグアムまで来て泳がないという手はないので、
とりあえずホテルのプールで泳ぐことにしました。
ついでに昨日ホテルでサービスでもらった「フラッペの引換券」でプールサイドで
夕日を眺めながら食べていたら、グアムへ来たんだなぁ〜という実感が湧いてきました。
最後にプールからちょっと階段を下りると浜なので、生暖かい遠浅の海でも少しだけ泳いで
2日日の予定は終了となりました。
【第3日目、2002.9.6】
今日はJTBの無料オプションの「トロピカルスニーカー」半日観光です。
昨日とは別のガイドさんがホテルに迎えにきてホッとしたのですが、
後から考えると日本語がほとんど解せないのでどっちもどっちでしたが、バスはなぜか同じでした。
(昨日冷房の水が漏ってくるのでティッシュでふたをしたのですがそのままでした)
今日も各ホテルを廻ってから「恋人岬」へ向かいました。
ここはグアムで最も有名な観光地みたいですが、モニュメントが立っているだけで代わり映えしません。
おまけに何もない展望台に入るのに3ドル別に払わされて、訳のわからない写真を撮られて、
挙句の果てはモギリののお兄さんに「新婚さんですか?」とギャグまで飛ばされてしまいました。
そのあとは何処へ行くのかと思ったら、なんとホテル街まで戻ってきてDFSで下ろされてしまいました。
それも頼みもしないのにたっぷりの1時間も時間をとってくれました。
昨日に物色しているので、ヴィトンを横目に見ながら、土産物の試食のチョコレートを食べて
時間を過ごしたのですが、それから待ち合わせ場所に行ったのですが誰もいませんでした。
時間を間違えて置いてきぼりになったのかと思ったのですが、バスの待ち合わせ場所が
2箇所あることが分かり、あわててバスに戻り事なきを得ました。
次はちゃんとした観光地の「FISH EYE海中展望塔」です。
海に突き出した桟橋を渡ってらせん階段をおりると、海中展望塔になっています。
ダイバーのお兄さんが餌付けをしているので、魚が寄ってきているみたいです。
こちらからカメラで魚を写していると、向こうから人間を写していました。
(撮った写真はどうするのでしょうか?)
それとここでも入り口で写真を撮って、帰りにバッヂにして売っているのですが、
こんなもん買うヤツがいるんか・・・・と思っていたら女房に買わされてしまいました。
【恋人岬にて】 【フイッシュアイにて】
続いて「ラッテストーン公園・スペイン広場」に向かいました。
ラッテストーンは昔の住居後の礎石みたで、なんの変哲もない公園でしたが、
スペイン広場は昔のスペイン統治時代の面影が残っていて綺麗な公園でした。
ここでもココナツジュースとココナツのわさび醤油の屋台が名物みたいですが、
昨日に体験しているのでパスさせてもらいました。
それとここでも初めて集合写真なるものを撮ったのですが、誰も買い手がいませんでした。
(今から考えると「当選のあゆみ」アップ用に買えばよかったと思うのですが手遅れでした)
最後に「タモンサンズプラザ」でまたしてもショッピングタイムでした。
ここても買うものがないので、ヴィトンのウインドショッピングでお終いです。
そのあと各ホテルを廻って、リーフホテルまで帰ってきました。
【ラッテストーン公園にて】 【スペイン広場にて】
今夜はバーベキューを予約していたのでそれまでの間、昨日からバスに乗りっぱなしで
少々お疲れモードなので、のんびりお昼寝タイムと決め込みました。
あとは正装(冗談ですが)してお迎えのバスに乗ってヒルトンホテルへ向かいました。
ここのバーベキューにしたのはロブスターが食べ放題でビールが飲み放題ということで
決めたのですが、肝心のロブスターは取り合いの早い者勝ち状態でした。
それとちょっとしたポリネシアンショーもあってなかなかリーズナブルでした。
(かの有名なフジタホテルのバーベキューと迷ったのですが・・・・)
かなり食べて飲んで大満足だったのですが、帰りのバスが8時30分というので
少しばかり未練を残してホテルに戻りました。
【ヒルトンホテル・バーベキューにて】
【第4日目、2001.9.7】
一夜明けて、早いものでいよいよグアムでの最終日となりました。
今日は最後にプールでのんびり泳ごうと思っていたのですが、
女房が帰り支度で忙しいとのことできっちり泳ぎのほうは拒否されてしまいました。
仕方ないので、もうこの先いつ来れるか分からないグアムの海を眺めていました。
タモン湾は沖にリーフが広がっていて、波が入ってこない自然の絶好の海水浴場ですが、
日本と違ってほとんど海で泳いでいる人がいないのは不思議です。
もし今度来る機会があったら、シュノーケリングでもしてみたいと思います。
そうこうしているうちにチェックアウトの時間となりました。
チェックアウトの料金はセーフティボックス3日間使用料の6ドルだけでした。
あとは出発まで時間があるので「グレーライン」のバスに乗って「Kマート」まで出かけました。
日本のKマート(コンビニ)と違って、だだっ広いなかになんでもかんでも品物を並べた
という感じのスーパーでこれと言ってめぼしいものは見つからなくて、
せっかく行ったのに何も買わずに、また元のバスに乗ってホテルまで戻ってきました。
そのうちとうとう空港へのお迎えの時間がやってきました。
短かったけれども楽しかったグアムともお別れとなりました。
今回のグアムでの印象はこじんまりした島で、観光なんかするところでは無いといったところです。
ショッピングと言っても対したことは無いので、やはりここではのんびり過ごすのが一番みたいです。
帰りの飛行機では子供の喧騒で現実に引き戻されてしまいましたが、なかなか楽しい旅でした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【TOP】
【第14回】 「B&J グアムバケーション4日間の旅行」
≪主な旅行日程≫
1日目 1月27日(月) 自宅 ⇒ 伊丹空港 ⇒ 成田空港 ⇒(コンチネンタル航空)⇒ グアム空港 ⇒ パシフィック・アイランド・クラブ・グアム泊)
2日目 1月28日(火) (終日自由行動) パシフィックアイランドクラブ(PIC) &ショッピング ディナーワインパーティ PIC泊
3日目 1月29日(水) (終日自由行動) パシフィックアイランドクラブ(PIC) &ショッピング PIC泊
4日目 1月30日(木) グアム ⇒ (コンチネンタル航空)⇒ 成田空港 ⇒ 東京駅 ⇒ (新幹線) ⇒ 新大阪 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
行くか行こまいか、かなり悩んだ今回のグアム旅行ですが、最終的には行くことに決めました。
まずは成田発と言うことで国内の移動方法が問題でした。
いつも成田発の場合は悩むのですが、滑走路が増えたのでダイヤが変わっているか
調べたところ、以前は伊丹発が朝に2便だけだったのですが、昼の便が1便増えていました。
ところがネットで調べると1ヶ月も先だというのにもう満席になっていました。
他には新幹線/高速バス/羽田まで飛行機で行ってからバスで移動etc・・・・
と悩んだのですが、けっきょくは今回も仕方なく成田着の朝便での出発となりました。
ただ不幸中の幸いで当初はグアムまでは夜便だったのが、夕方便に変更になりました。
【第1日目、2003.1.27】
何やかやとしているうちに、いよいよ出発の日が来ました。
家を朝6時過ぎに出て、8時40分伊丹発の成田行きのJALに乗り込みました。
成田に着いたのが10時前ということで、集合時間の3時まで5時間あまりも時間つぶしです。
それでもなんとか集合時間近くになってくるとHISのステッカーを貼ったスーツケースが
そこここから集まってきました。
今回は80名あまりの大団体ということで、2班に分かれて添乗員さんからの説明を聞いて、
やっと日本から出発の運びとなりました。
グアム行きのコンチネンタルCO007便は定刻より30分あまりも遅れて飛び立ちました。
機材はちょっと古めで流行のモニターもついていませんでした。
それと同じ飛行機のなんとエコノミーにお相撲さんの団体が乗っていて、
本国(?)へでも帰るのかと思ったらどうもレジャーみたいでした。(けっきょくPICでも一緒でした)
しばらくしてから機内食が運ばれてきたのですが、ビーフとシーフードのチョイスでまあまあでした。
ところが飲み物でビールを頼もうと思ったら、なんと4ドル(または5百円)がいるとの事です。
国内線やアメリカ国内での移動時には有料だったのですが、国際線で有料というのは始めての経験でした。
(そんなわけでとりあえずはオレンジジュースをリクエストしました)
そうこうしているうちに、あっという間にむっとした暑さのグアム空港に到着しました。
そのあとはバス2台に分乗してPIC(パシフィック・アイランド・クラブ)に向かいました。
空港からホテルまでは10分あまりで、ホテルでまた滞在中の説明を受けてから、
やっと部屋で落ち着けました。
出発前からPICでは一番新しい「ロイヤルタワー」と「オセアナタワーTとU」があって、
出来れば「ロイヤルタワー」になって欲しいと願っていたのですが、
世の中はそんなに甘くなくて、きっちりアリが出るので有名な一番古い「オセアナタワーT」でした。
あとはホテル前にあるスーパーABCで夜食と滞在中のビールを仕入れて長い1日が終わりました。
【第2日目、2003.1.28】
グアムでの短い第1夜が開けました。
部屋の窓からはプールだけでも5個ほどある、広大なPICの敷地が一目で見渡せます。
ただ台風の影響でヤシの木は丸坊主状態、小屋の屋根も一部吹き飛んで惨めな姿をさらしています。
それとタモン湾の先には恋人岬の半島がきれいに見える最高のロケーションでした。
今回は朝食がセットされていたので、さっそくレストランのスカイライトへ向かいました。
もうけっこうの人でにぎわっていたのですが、バイキング形式の場所もゆったりしていて
それに種類が多くて、和食まで色々あるのには驚きました。
昨日はどちらかと言うと貧弱な(?)食事が多かったのでたっぷり栄養補給しました。
部屋に帰って一休みしてから一息ついて、ベランダから下を眺めていると、
ちらほら人が動き出したので、水着に着替えてホテルのアクティビティに向かいました。
まずは今回の最大の目的である「ダイビングレッスン」です。
カウンターで申込書を書いたのですが、レッスンが始まるのは1時間ほど先ということで、
ダイビングプールのそばで時間つぶしをしていました。
(これが大失敗でこのほんの少しの間にめちゃんこ日焼けしてしまいました)
そのうちに時間が来てレッスンが始まりました。最初は講義というかちょっとした説明で
潜った時の「耳抜き方法」「水中メガメの水抜き方法」「水中での呼吸方法」等を、
すごいバイタリティのあるスタッフの女の人が説明してくれました。
そのあとはいよいよボンペを背負っての潜水です。
2人づづ交代で潜るのですが、女の子が潜ったあとにやっと順番が廻ってきました。
教官の男性に促されて初めて潜ったのですが、「泳ぐ水族館」とプールが繋がっていて
けっこう魚を見たりする余裕もあって、あっという間の時間にして10分あまりですが
初めての潜水体験を楽しめました。
あとは午後の海での85ドルの有料体験ダイビングを薦められたのですが、
女房を棄てて行くわけにも行かないので丁重にお断りしました。
あとはプール(ラグーン)でのカヤックに乗ったり、ウオータースライダーで遊んだり、
いろんなアクティビティがあるのですが、そのうち飽きてきて部屋に引き上げました。
【PICより望む】 【ダイビングプールにて】
そのあとは少し昼寝をしてからショッピングに出かけました。
とりあえずDFSへ行こうということで、無料タクシーで向かいました。
DFSに着いて真っ先にすることがありました。
それは去年に来たときにすっかり忘れていた、DFSのHPでアンケートに答えるともらえるという
記念品のボールペンとグッズをもらうことでした。
とりあえず2Fのサービスカウンターに直行し女房と二人でボールペンとテレカをもらいました。
(帰りがけにもう一度寄ってTOTALボールペン4本とテレカ4枚をゲットしました)
あとのお目当てはとりあえずヴィトンでの値段を確かめることだったのですが、
去年に見たときは高く感じたのですが、帰ってきてから調べたら日本の値段が上がっていたのを
よく確かめていなかったと言う事が判明したので、今回はちゃんと調べて行った甲斐があって、
日本より少しばかり安いということが分かりました。
そんな訳でさっそく女房がお目当てのバッグを買うと言い出したので、
わたしも負けていられないので(?)パリで買い損なったバッグを買うことにしました。
またしてもいつものように衝動買いで大出費をしてしまったのですが良いお土産が出来ました。
あとは夕方からパーティがあるのでホテルまでバスで戻ろうと思ったのですが、
HISからもらった「チャオカード」を提示しても乗車拒否されてしまいました。
たしか去年も乗れないバスが有ったので、他のバスにも提示してみたのですが同じでした。
(HISの添乗員さんは乗れると言っていたのですが、結果的にはただの買い物カードでした)
それでしかたなく10ドルもの大金(?)を払ってタクシーに乗って帰ってきたのですが、
あとから考えると2ドル払ってバスに乗った方が正解だったと言うことが判明しました。
(パリではヴィトンを買うような人はバスには乗らないみたいですが・・・・)
ホテルに戻ってから一応着替えて「サンセットバーベキューワインパーティ」に出かけました。
場所はホテルの海に面したところにテーブルが並べてありました。
B&Jワインクーラーのウエルカムドリンクで乾杯したあと、ガロ・ジャパンさんの挨拶があって
あとは無礼講(?)のパーティが始まりました。
各テーブルにはガロさん差し入れのワインが飲み放題状態で盛り上がりました。
そのうちなんと添乗員さんのリクエストにより順番に自己紹介が始まりました。
全員が集まるのは最初で最後の機会なので、皆さんのいろんな話が聞けて良かったです。
ただわたしの場合はアルコールの勢いも手伝って、つい「今回で14回目の当選旅行です」と
口を滑らせてしまったおかげで、一躍皆さんから注目される存在になってしまいました。
【ラグーンにて】 【パーティにて】
【第3日目、2003.1.29】
昨日はワインパーティで思いのほか盛り上がってしまい、おまけに残ったワインを部屋まで持って帰り
一人で2次会を楽しんだおかげですっかり二日酔い状態になってしまいました。
そんなわけでせっかくのバイキングの朝食もあまり食が進みませんでした。
あとはホテルのアクティビティをもっと楽しまねばと思い立って、
ホテルの敷地内を探索することにしました。
浜にも行ってみたのですが、ウインドサーフィンやカヤックが自由に乗れるみたいでした。
(残念ながら見ているだけでしたが・・・・)
あとは卓球をしたりゲームをしたりして午前中を過ごしました。
午後は性懲りも無く買い物に出かけることにしました。
乗り物はバスということで2ドルを払って、今日は「プレミアムアウトレット」へ出かけることにしました。
ホテル前でバスに乗ったまでは良かったのですが、なぜか行く方向が反対です。
「Kマート」によって「タモンサンズプラザ」「DFS」おまけに「マイクロネシアモール」と
だんだん目的地のアウトレットから遠ざかるばかりです。
まあそれでも1周すれば元に戻るだろうと思っていたら、なんと「マイクロネシアモール」で
バスから下ろされてしまいました。
そこで引き下がっては2ドルが無駄になってしまうので、必死で前に止まっているバスに乗り移り、
またしても元来た道を引き返し、やっとの思いで「プレミアムアウトレット」にたどり着きました。
初めて来たわけですが、残念ながらあまりこれと言った買うものも無く、
とりあえず自分で着るアロハを1枚買っただけで、適当に食事を済ませてホテルに引き上げました。
早いものでもう今日で短かったグアムもあっという間におしまいです。
しかも明日の出発の飛行機が朝の7時発ということで、モーニングコールが4時、
ホテル出発が5時ということで、あわてて荷造りをして少し早めに寝ることにしました。
いつもなら足りなくなるビールですが、あまりにも短かったので珍しく残ってしまいました。
まあそれでも来る前から思っていたことはだいたい実現したので充分満足出来ました。

【PICにて】
【第4日目、2003.1.30】
一夜明けてというより、まだほの暗いうちにグアムの最終日となりました。
フロントでチェックアウトを済ませてロビーに全員が集まりました。
そこで短い待ち時間にみんなが添乗員さんと記念写真をとったりしていたのですが、
どういうわけかわたしにも記念写真のリスエストが廻ってきました。
例のパーティでつい懸賞旅行のことを、口を滑らせてしまったからなんですが、
ついでに持ってきた名刺を配っていたら、なんと予想外にすべて出払ってしまいました。
【添乗員さんとPICロビーにて】
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【TOP】
【第15回】 「ヨコハマタイヤ 北極・南極ダブルアドベンチャー14日間の旅」
≪主な旅行日程≫
1日目 3月5日 (水) 自宅 ⇒ 伊丹空港 ⇒ 成田空港 ⇒(フィンランド航空) ⇒ ヘルシンキ 【ヘルシンキ泊】
2日目 3月6日 (木) ヘルシンキ ⇒(フィンランド航空) ⇒ ロヴァニエミ (サンタクロース村観光等・オーロラ鑑賞出来ず) 【ロヴァニエミ泊】
3日目 3月7日 (金) ロヴァニエミ ⇒ (砕氷船・サンボ号クルーズ) ⇒ (オーロラ鑑賞バスツアー中止) 【ロヴァニエミ泊】
4日目 3月8日 (土) ロヴァニエミ ⇒ (スノーモービル・トナカイそりオプション)⇒(フィンランド航空)⇒ ヘルシンキ 【ヘルシンキ泊】
5日目 3月9日 (日) ヘルシンキ (ヘルシンキ市内観光) ⇒ (ニューヨーク経由) ⇒ アルゼンチンへ 【機中泊】
6日目 3月10日(月) ⇒ アルゼンチン・ブエノスアイレス (ブエノスアイレス市内観光) 【ブエノスアイレス泊】
7日目 3月11日(火) ブエノスアイレス ⇒ (エアランカ航空) ⇒ ウシュアイア 【ウシュアイア泊】
8日目 3月12日(水) ウシュアイア ⇒ (マゼラン海峡とビーグル水道3泊4日氷河クルーズ) 【テラアウストラリア号・船中泊】
9日目 3月13日(木) (マゼラン海峡とビーグル水道クルーズ・氷河クルーズ等) 【テラアウストラリア号・船中泊】
10日目 3月14日(金) (マゼラン海峡とビーグル水道クルーズ・ペンギンコロニー等) 【テラアウストラリア号・船中泊】
11日目 3月15日(土) (マゼラン海峡とビーグル水道クルーズ) ⇒ チリ・プンタアレナス 【ブンタアレナス泊】
12日目 3月16日(日) プンタアレナス(自由行動) ⇒ (サンチャゴ経由) ⇒ (アメリカ・ダラスへ) 【機中泊】
13日目 3月17日(月) ⇒ (ダラス経由) ⇒ (アメリカン航空) ⇒ (成田へ) ⇒ 【機中泊】
14日目 3月18日(火) ⇒ 成田空港 ⇒ 伊丹空港 ⇒ 自宅
【ふろろーぐ】
初めての2週間の長期海外旅行と言うことで、いろいろ有ったのですがやっと出発の日に漕ぎ着けました。
いつものように伊丹空港発の便で成田空港へ向かいました。
今回はフィンランド空港なので、第二ターミナルから第一ターミナルへバスで移動して、
集合場所の団体カウンターにたどり着きました。
集合時間の10時に集まってきたのは、滋賀県からのご夫婦と、埼玉・北海道からの男性2人でした。
ただよくあるスポンサー(ヨコハマタイヤ)の方は残念ながら現れなくて、
懸賞の応募枚数などの詳細を聞くことはできませんでした。
【第1日目、2003.3.5】
日本旅行の方から旅行の説明を受けていよいよ北極・南極アドベンチャーツアーの長期旅行に出発です。
成田11時55分発のフィンランド航空で一路ヘルシンキへ向けて飛び立ちました。
残念ながら座席モニター無しのエコノミーだったので、時間つぶしに苦労したのですが、
最近は旅慣れてきたので、今回はなんとか無料のビールを飲んだりあれこれしているうちに、
時差6時間遅れの、現地時間15時20分のフィンランドのヘルシンキに時間どおりに到着しました。
現地はそれほど寒くなくて、出迎えてくれたガイドの井岡さん(男性)に案内されて
バスで今夜の宿泊先のラマダホテルへ向いました。
(ガイドの井岡さんは大学講師とのことですが、給料が安いのでバイトをしているそうです)
ラマダホテルは市の中心部にありなかなか便利なので、とりあえず荷物を部屋へ運んでから
さっそくヘルシンキでも有名な「ストックマンデパート」へ買い物にでかけました。
あまり寒くないとは言っても歩道には雪がいっぱい残っていて、しかも夜になると凍っていて
滑りそうになりながらなんとか歩いてたどり着きました。
とりあえずフィンランド土産を物色したのですが、1日目でもあるのでかさばるものは避けて
小物を少しだけ買ってホテルに引き上げました。
あとはフィンランドでもこのホテルにしか無いというカジノで遊ぶことにしたのですが、
入り口でメーバーズカードを作るのになんと写真まで撮られたのですが、
スロットマシンで少し遊んだだけで、飛行機疲れも重なって直ぐに寝てしまいました。
【第2日目、2003.3.6】
今日は朝早くの便でロバニエミへ移動とのことで、ホテルのカウンターでパンとコーヒーだけの朝食を済ませ
迎えに来てくれたガイドさんと一緒に空港へ向いました。
1時間半ほどのフライトでラップランド地方の州都であるロバニエミに降り立ちました。
さっそく迎えに来てくれていたガイドの加藤さん(女性)に案内されてロバニエミ市内観光です。
まずは時間が早くてどこも開いていないということで、スキー場へ向いました。
ジャンプ台もあって下から見上げるとなかなかの豪快な景色だったのですが、
さっそく雪がちらついてきたので、早々と今夜のオーロラ観測に黄信号が灯ってしまいました。
その後はロバニエミではオーロラ観測の穴場のスカイホテルに寄ってくれたのですが、
もし夜にいい天気になったら、タクシーで来ればよく見えるとのことでした。
【サンタクロース村にて】 【ロバニエミにて】
後は北極圏上にある「サンタクロース村」に向いました。
ここでは郵便局があっていろんなクリスマスカードを選んで送れるようになっていました。
それもポストが2つあって、1つは普通の郵便、もう1つは今年のクリスマスに届くとのことでした。
そんな訳で友人宅と女房の実家へは普通便で絵葉書を、我が家には今年のクリスマスカードを送りました。
あとはサンタクロースと記念撮影が出来る(有料)とのことで、さっそく順番待ちすることにしました。
直ぐに番が廻ってきたのですが、このサンタさんが日本語がペラペラで、大阪から来たと言うと
なんとサンタさんが大阪弁でしゃべりだしたのであきれてしまいました。
ほとんどがおしゃべりの料金では無いかと思うほどだったのですが、一応写真も撮ってお開きとなりました。
単独でサンタさんの写真を撮るのはご法度とのことだったのですが、
日本から来たオーロラで有名な写真家さんは別扱いらしくてポーズまで取ってバチバチ写していました。
あとはアルクティムハウス(ラップランド博物館)へ寄って昼食となりました。
ここでは原住民(サーメ人)の生活品なんかの展示があるのですが、
中でも良かったのは、現地の自然とオーロラのビデオが見れたことです。
それと言うのもこの天候では本物のオーロラが見れそうにも無かったからなんですが・・・・・
その後は少し早めに今夜の宿のランタシピホテルへ向いました。
ホテルは凍ったオウナス川のほとりにあり、サウナなんかもあってなかなか快適でした。
荷物を広げてからさっそくロバニエミの街に繰り出したのですが、
ちっちゃな街ですぐに歩いて一周できてしまほどの大きさです。
やはり今夜の天候が悪くてオーロラ観測バスの「モイモイ号」がキャンセルになったとのことで、
日本で申し込んでいた明日の「モイモイ号」の予約の確認も現地の旅行社で済ませました。
後は食事を済ませてスーパーでフィンランドのビールを買ってホテルに戻りましたが、
ひょっとして雲の切れ目からオーロラが見れないかと何度も窓の外を眺めたのですが、
悲しいことに星一つ見えるような雲行きではなく、悲しいことにあきらめざるを得ませんでした。
【第3日目、2003.3.7】
ラップランドでの一夜が明けて、今日は砕氷船「サンポ号」に乗る為に一路バスでケミへ向いました。
道は凍っているのに高速道路を100キロ以上でガンガン飛ばして行きます。
1時間半ほどでケミ港に到着、吹雪模様の強風のなか「サンポ号」に乗り込みました。
ケミはスカンジナビア半島の内海であるボスニア湾の最先端の港町なんですが、
ボスニア湾自体が全て氷に覆われて真っ白です。
そんな中を「ゴゴォゥ〜」と音を立て、バリバリと氷を割りながら氷の海をガンガン進んでいきます。
デッキの最先端で氷を割っているところを見ようと思ったのですが、
デッキが凍っているのと強風で思うように先端までたどり着けませんでした。
船内の機関室や操舵室なんかの見学なんかもあってサービス満点です。
サンポ号名物のサーモンスープの昼食も済ませいよいよメインイベントの到来となりました。
サンポ号と言えば「氷塊遊泳」といわれるぐらい有名だそうですが、もちろん初めての体験です。
氷の海原に停船していよいよ遊泳の準備が始りました。
上下つなぎのゴムのオレンジの宇宙服みたいなスーツを着て甲板へ向いました。
スーツが大きめなので階段が歩きにくくてやっとの思いで船の周りにポッカリ開いた
氷海になんとかたどり着きました。
あとはカメラをガイドさんに預けて順番に氷の海に滑り込みました。
もちろん女房も一緒だったのですが、カナヅチに近いので気になって近づこうとしたのですが、
とても浮いているだけで精一杯で自由に泳ぐことなんて出来ません。
そうこうしているうちに係りの人が引き上げてくれたのですが、
なぜか見知らぬおじさんに思い切りビデオを撮られてしまいました。
不思議に思っていたのですが、キャビンで休憩していたらガイドさんが記者を連れてきて
なぜかしっかりインタビューされてしまいました。
東洋からの客は珍しかったみたいですが、懸賞で当たって来たと言ったらもっと驚いていました。
(その後記事が載ったかどうかは不明ですが・・・・)
【サンポ号にて】
あとは元来たケミ港に戻りバスでロバニエミまで戻ったのですが、
ガイドさんがこんな悪天候での「氷海遊泳」は始めてみたというくらいだったので、
とても今夜のオーロラ観測の「モイモイ号」の出発は無理じゃないかと思っていたのですが、
またしても不吉な予感が当たってしまいました。
これで前回のアラスカに続いてまたもやオーロラに見放されてしまったのですが、
ガイドさんによりますと4回来てもダメな人も居るとなぐさめられてしまいました。
けっきょく新たに買った三脚も高感度フィルムも無駄な抵抗に終わってしまいました。
【第4日目、2003.3.8】
早いものでラップランド・ロバニエミでの最終日となってしまいました。
今日はオプションで申し込んでいた「スノーモービル&となかいそり」です。
アラスカでの犬ぞりはかなり寒かったので、精一杯の厚着をしてホテル隣の集合場所に行ったのですが、
なんとそこではスノーモービル用のスーツに着替えるとのことで、またしてもドジを踏んでしまいました。
おまけに現地のスタッフは英語オンリーで何を言っているのかさっぱり分りません。
それでもなんとか重装備に着替えて、女房と二人乗りでスノーモービルを連ねてとなかい牧場へ向いました。
走るのは凍り付いたオウナス川原で障害物が無いので、みんなどんどん飛ばして行くので、
なかなか追いつけなかったのですが、だんだん慣れてきて40Km近いスピート゜が
やっと出せるようになってきたと思ったらもう「となかい牧場」に着きました。
ここは観光牧場みたいなところで、ちっちゃなコースをとなかいの引くそりで1周するだけというもので、
少しばかり幻滅したのですが、ベリーティを飲んだりしてから、サーメ人の話を聞いたりして、
(英語なのでほとんど理解できませんでしたが・・・・)
あとは来た道(?)をスノーモービルをぶっ飛ばして帰ってきました。
いよいよ短かったラップランドとはお別れとなってしまいましたが、
またオーロラを見に来ることも有るかも知れないと思いながらロバニエミを後にしました。
【ロバニエミにて】
【第5日目、2003.3.9】
ヘルシンキでは1日目と同じラマダホテルだったのですが、
今朝はゆっくりバイキングの朝食を食べることが出来ました。
今日はヘルシンキ市内観光で、まずはフィンランドが生んだ偉大な作曲家を記念した
「シベリウス公園」に向い、最初で最後の全員揃っての写真に収まりました。
あとは「テンペリアウキオ教会」「ウスペンスキー寺院」などを廻ったのですが、
今日は日曜日でミサで中に入れないと思ったのですが、意外と平気でフリーパス(?)でした。
あとはフィンランド最後と言うことで陶器で有名な店によってお土産を買い込みました。
【シベリウス公園にて】 【テンペリアウキオ教会にて】
早いものであっという間にフィンランドともお別れです。
いよいよ出発の時間となったのですが、機体整備とかでけっきょく2時間遅れでニューヨークへ向いました。
あっという間(?)の9時間あまりで大西洋を一っ飛び、ニューヨークのJ・F・ケネディ空港に到着です。
ここでは約6時間ほど待ち時間があったのですが、もちろん空港の外に出ることも出来ずに、
待合室と売店をうろうろするだけで時間を過ごしました。
おまけに次のブエノスアイレス行きの便がまたもや2時間遅れでどっと疲れてしまいました。
(時計を7時間戻したり空港内の暗い場所で時間を過ごしたりで時間間隔が無くなってしまいました)
【第6日目、2003.3.10】
ニューヨークを後にして、11時間あまりのフライトでなんとかアルゼンチンのブエノスアイレスにたどり着きました。
ずっと寒いところを移動していたので、こちらはいきなりの夏ということで大汗が出てきました。
迎えに来ていたのは現地在住の日系のガイドさん(女性)でした。
飛行機が遅れたのでさっそくブエノスアイレス市内のレストランに向いました。
なかなか粋なレストランでメインデッシュはフィレかサーロインのステーキとのことで
フィレにしたのですが、お皿に山盛りのような肉の塊が出てきました。
かなりお腹を減らしていたのですが、さすがに全部は食べ切れませんでした。
【ブエノスアイレスにて】
その後はブエノスアイレスの市内観光で、タンゴ発祥の地のポカ地区のカミニートに向いました。
ここはかなりの観光地みたいで、土産店の前でタンゴを踊っているカップルをビデオで撮っていたら、
きっちり店員らしき男の子が帽子を持って廻ってきました。
あとはバスであちこちを廻ったのですが、さすがに疲れていてよく覚えていません。
最後にレコータ墓地へ寄ったのですが、街の真ん中にあるかなりでっかい墓地で圧倒されました。
そのあとやっとホテルに落ち着くことになったのですが、予定していたホテルのエアコンが故障とのことで、
急遽別のホテルに変更になってしまいました。(こんなことは初めての経験でした)
それでも市内中心部なので少しだけ土産物を覗きに近くを散歩してホテルまで帰ってきました。
ほんとはオプションで「タンゴショー」でも見に行きたかったのですが、女房の疲れがひどいのであきらめて、
先ほど買ってきたビールでも飲もうと思ったのですが、缶の中に丸薬みたいなのが入っていて
とても怪しげな味がしたのですが、棄てるのはもったいないのでしっかり飲んで寝てしまいました。
【第7日目、2003.3.11】
昨夜の怪しげなビールでお腹でも壊していないか心配だったのですが、
ちゃんとホテルでの朝食もしっかり食べることが出来て安心しました。
今日は午前中フリータイムだったので、昨夜に続いてブエノスの街を散歩しました。
フロリダ通りの土産物店でいろいろ物色していたのですが、あまりこれといったものが見つからず
石で出来た小さめのペンギンと鳥(オオハシ)の置物を買ったのですが、
日本に帰ってきてスーツケースから出したらなんと鳥の尻尾が折れていました。
後はいよいよ南極に一番近い南米最南端のウシュアイアに飛ぶために市内にある空港へ向いました。
空港の横がラプラタ川で向こう岸がウルグァイとのことですがかすみも見えませんでした。
ラプラタ川を下に見ながら一路、世界最南端の街ウシュアイアへ飛び立ちました。
3時間半ほどでビーグル海峡に面したウシュアイア空港が見えてきました。
コテージ風のホテルは街からかなり離れたビーグル水道を眺める高台に建っていました。
そんな訳でホテルの送迎車に乗って少しだけ街まで買出しに行ってとんぼ返りで戻ってきました。
【ウシュアイア全景】 【ホテルにて】
【第8日目、2003.3.12】
今日は夕方からいよいよクルーズに出発するのですが、それまではフリータイムでした。
とりあえずウシュアイアの街に出かけて、「世界の果て博物館」「元監獄と船舶博物館」を廻り、
ガイドブックに載っていたレストランでウシュアイア名物(?)のカニを食べることにしました。
前もってガイドさんにどんなメニューが好いか聞いていてメモを見せたのですが、
「そんなもの置いてない」という感じで、しかたなく適当なものを注文したのですが、
出てきたものはガイドブックでうわさ通りのカニのカンズメ風の料理でがっかりしました。
【ウシュアイアにて】 【テラアウストラリス号】
いよいよアルゼンチンのウシュアイアからチリのプンタレナスまでの3泊4日のクルーズである、
「テラアウストラリス号」に乗る時間の16時が迫ってきました。
まんの悪いことに雨まで降り出して、船に乗るまでのあいだにびしょぬれになってしまいました。
船はちょっと小ぶりでしたがなかなかの豪華客船でした。
アルゼンチンからチリへ向けての航海と言うことで、パスポートでのチェックインを済ませて、
最上階(3階)のキャビンに落ち着きました。
バス・シャワー付きのツインでこれから4日間過ごすには快適な部屋です。
おまけに船内の食事や飲み物も、バーやラウンジでの飲食も全て無料とのことで、
念のためにウシュアイアの街で買ってきた3日分のビールが無駄になってしまいました。
夕食後にウエルカムパーティなんかもあって、タダだからと少しばかりワインを飲みすぎて、
さっそく寝込んだのですが、夜中に異常な音がするので目が覚めたら、部屋にセットされていた
ガス入りのミネラルウオーターが船が揺れて、棚から落ちてパンクして部屋中水浸しになっていました。
【第9日目、2003.3.13】
あくる朝になって船は夜中ほど揺れなくなって、少しばかり船旅も慣れてきました。
朝食後にいよいよ最初の上陸地であるホーン岬に近づきました。
ホーン岬は世界地図で見ると南米の最南端で、文字通り南極を除いて世界の果ての岬です。
事前に簡単に説明されていたのですが、上陸するといっても準備が大変です。
まずはあらかじめ用意されているゴム製の上下のスーツに着替えて安全胴衣の重装備をつけてから、
ゴムボートの乗り方なんかの説明を受けた後、順番に上陸用のゴムボートに乗り移ります。
その後はゴムボートで一路ホーン岬のある島に向かうのですが、ボートがすごく揺れて緊張の連続です。
なんとか島にたどり着き、急な階段を上がると、なだらかな見晴らしの良い丘陵が広がっていて、
記念碑やホーン岬灯台、ちっちゃな教会なんかをゆっくり歩いて廻ってまた本船(?)に戻りました。
【ホーン岬にて】 【ウライアウンにて】
今日はもう一つ先住民が住んでいたという「ウライアウン」というところに上陸しました。
上陸用のゴムボートで走っているとなんとボートの傍にイルカが現れてわたしたちを歓迎してくれました。
こんな南の果てにもちゃんとイルカがいることに驚きです。
見晴らしの良いところまで1時間あまりのハイキングを楽しんでまた船に戻りました。
【第10日目、2003.3.14】
今日はいよいよ待ちに待った「ピア氷河」へ向かいます。
船の周りには流氷が浮かび、かなりの寒さを感じてきました。
それでもそんなことにはお構いなしにクルーは船からゴムボートを降ろし上陸の準備です。
近くに見えてきたピア氷河からは、ドゥォ〜ンという氷河が海に崩れ落ちる音が聞こえてきました。
ゴムボートで上陸する頃には雨がぱらついてきて最悪のコンディションだったのですが、
そんなことには見向きもせずにゴムボートを氷河の近くにつけて上陸しました。
さすがに氷河までは行けなかったのですが、スタッフが用意してくれたスコッチウイスキーで
氷河のオンザロックを味わいました。
【ピア氷河にて】 【パーティにて】
早いもので明日でクルーズも終了とのことで、船の中でくつろいでいたのですが、
ワインのテイスティングや、昨日・今日の上陸時の模様をスタッフが撮影してくれていて、
ラウンジで上映会をやってくれたりして、退屈する間がありませんでした。
ビデオは発売もしてくれたのですが、自分でも撮っていたので買わなかったのですが、
今から考えるとボートを横切るイルカなんかも綺麗に撮れていて買えば良かったと後悔しています。
最後にお別れパーティまで開催してくれて至れり尽くせりのクルーズとなりました。
【第11日目、2003.3.15】
クルーズもいよいよ今日で最後となったのですが、今朝は早くから最後の上陸です。
目指すはペンギンコロニーのマグダレナ島です。
さすがにこの頃になると上陸の手順も慣れてきて、さっさと用意してボートに乗り込みました。
この島はちょっと小型のマジェランペンギンのコロニーです。
小さめの島なんですが島中ペンギンの巣といった感じで、一応遊歩道は作って有るのですが、
そこらじゅうペンギンの巣だらけで、どちらが見物人か分らない状況でした。
たくさんのペンギンをこんなに間近にみたのは初めてだったので感激しました。
短い上陸時間だったのですが、ペンギンと戯れた余韻を残しながら島をあとにしました。
今回のクルーズは朝食・昼食・夕食と次から次へとこれでもかの食事攻勢だったのですが、
メニューも豊富で、夕食の場合は毎回豪華なメインデッシュが出てきて感激の連続でした。
チリのプンタアレナス港に入港する前に、最後に船の売店で「テラアウストラリス号」の
シンボルのペンギンのぬいぐるみを買って短かったクルーズ船をあとにしました。
プンタアレナスはけっこう都会で、とりあえずバスでフィニス・テリエホテルに向かいました。
あとはホテルの近くで両替してから、ショッピングセンター(ソナ・フランカ)へ買い物に出かけました。
けっこう大きなショッピングセンターだったのですが、例に漏れずシエスタ(昼休み)で
ほとんどの店が休みで、開くまで2時間あまり時間を過ごすというありさまです。
そんな訳で少しだけお土産を買って、乗り合いタクシーに乗ってホテルに戻りました。
【マグダレナ島にて】
【第12日目、2003.3.16】
早いものであっという間に今回の旅行のスケジュールもあと半日を残すのみとなりました。
とりあえず小雨振る中、市内の「ホセ・メネンデス博物館」や教会なんかを見物して周り、
あとはアルマス広場にあるでっかい「マゼラン像」で記念撮影をしてから、
街を見渡せる小高い丘へ行ったりしたのですが、だんだん雨がきつくなってきたので
近くのスーパーへ最後の土産の買出しに出かけました。
チリの物価も安いのですが、最後まで何を土産に買っていいのか分らずじまいでした。
こちらでは風がきついので雨が降っても傘を差す習慣が無いとのことで、
傘を見たらわたしたち旅行者だということがすぐに分ってしまうとのことなので、
さすがにスーパーでは傘は見当たりませんでした。
【プンタアレナスにて】
そんな訳でいよいよ出発の時間が迫ってきて、プンタアレナス空港へ向かいました。
ここからはプエルト・モントを経由して一路チリの首都のサンチャゴへ、
あとは休むまもなく一気にアメリカのダラスへのフライトでした。
【第13日目、2003.3.17】
機中でゆっくり休む間もなく早朝にダラスに到着しました。
ガイドさんの説明では現地ガイドさんが出迎えてくれる予定だったのですが見当たりません。
そんな訳で適当に乗り継ぎ場所を探して成田行きのターミナルにたどり着いたのですが、
いよいよ出発という頃になって現地ガイド(日本人の女性)が現れました。
「さすが長旅を経験しただけあって慣れたものですね」と言いながら見送ってくれました。
【第14日目、2003.3.18】
チリのプンタアレナスからどれぐらいの距離を乗り継いだのか見当もつきませんが、
なんとか無事に6人揃って成田まで帰ってきました。
そこからターミナルを移動して大阪・伊丹行きのANAに乗り込み14日間の長かった旅も終わりました。
今回の飛行マイル数はカウント対象外のエアランカ航空以外で約2万9千マイルということで、
アメリカン航空(アドバンテージ)のゴールドカードのおまけまでつきました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【TOP】
【第16回】2003年9月 「台湾無料招待旅行 台湾の旅2泊3日」
≪主な旅行日程≫ 2泊3日 (2003年)
9月2日(火)自宅 ⇒ 関西空港発13:10(エバー航空)⇒ 台北着15:00 ⇒ 免税店でショッピング ⇒
華泰王子大飯店の北京料理の夕食 ⇒ 国賓大飯店泊
9月3日(水)故宮博物院 ⇒ ショッピング ⇒ 忠烈祠観光 ⇒ 圓山大飯店にて歓迎昼食会 ⇒
九イ分観光 ⇒ 翡翠湾福華大飯店で広東料理の夕食 ⇒ 天燈上げ ⇒ 国賓大飯店泊
9月4日(木)台北空港 ⇒ 8時40発(エバー航空) ⇒ 関西空港 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
今日の台湾への出発は関西空港13時10分発のエバー航空ということで、ちょっとゆっり目に家を出て
大阪駅のコインロッカーから昨日に車で運んでいたスーツケースを取り出して関西空港に向いました。
出発の2時間前までに「エバー航空」の窓口で航空券に引き換えてくださいとの案内だったのですが、
何故かエバー航空の窓口が見当たりません。
仕方なくインフォメーションで聞いたら全日空(ANA)の窓口へ行ってくれとのことで、
ANAと共同運航しているのを思い出しました。
そこで受付を済ませて出国手続きをして搭乗窓口に向いました。
今回は浪花の悔いず狂HPの訪問者の中から、わたしを含めて18組も当選しているとのことで、
しかも2日出発組が14組もおられるので、皆さんとの出会いも楽しみの一つでした。
そんな訳でいきなり搭乗の待合所で「haha43さん」と「みゅ−こさん」から声を掛けてもらえました。
どちらも関空発でホテルも同じだったのですが、けっきょく最後まで同じグループでご一緒できました。
それに「みゅ−こさん」には事前にリクエストしていた「ケント・ヒマラヤ刺激ツアー」の
日程表まで持ってきてもらってしっかり見せてもらいました。
なんと11日間のツアーでそのうちヒマラヤ滞在が8日間ほどもあるというハードな日程で驚きました。
それとエバー航空のマイル加算は、提携しているのはコンチネンタルのみ可能とのことで、
共同運航のANAではマイルは付かないと言われたのですが、出発まで少し時間があったので、
待っていた前にあるANAのマイル登録機で冷やかしでカードと航空券を通してみました。
ところが予想外に「お客様のマイルを登録しました」と、なんと登録出来てしまいました。
こりゃラッキーでもうけもん、なんでも試してみるもんだと出足から快調だったのですが、
しばらくしてアナウンスで呼び出されて、お客様の登録されたマイルはプログラムのミスで
「申し訳ありませんが取り消しさせて頂きます」、と宣告されせっかくのマイルも水の泡と消えました。
【第1日目、2003.9.2】
いよいよ定刻に関空を飛び立って一路台北の中正国際空港に向いました。
飛行時間は3時間余りと短いのですが、機中ではしっかりした機内食の昼食が出ました。
時計を1時間遅らせて15時に空港に降り立って、入国審査の後、荷物を受け取ってゲートを出ると、
「歓迎台湾無料招待旅行」と書いたプラカードを持った旅行者の人が待ち構えていました。
(無料と言う字は余計じゃないかと思ったのはわたしだけでは無さそうでした)
今回はドルの現金を持って行ったので、とりあえず200ドルだけ両替しました。
(けっきょく足りなくてもう100ドルを両替することになったのですが・・・)
レートは1ドルが33.76元(NEW台湾ドル)で免税店でも同じでした。
空港からさっそく免税店に向かいお土産のお買い物です。
とりあえず定番の「干支と招き猫(開運用?)の瑪瑙(めのう)細工を買ったのですが
瑪瑙は割高であっという間に現金が消えていくのでショックでした。
そのあとは台北市内の宿舎の国賓大飯店(アンバサダーホテル)に向いました。
ここで荷物を下ろして部屋で少し休憩してから、夕食先の泰王子大飯店へ。
大きな宴会場での夕食かと思ったのですが、わたしたちグループだけの小さめの部屋でした。
北京ダックを含む円卓での北京料理だったのですが、あまり変わった料理も無くて、
メインの北京ダック登場では写真を撮りまくったのですが、
予想していたようなパリパリ感が無くて、全体量も少なめで少しばかり不満の残る内容でした。
部屋から出てバスに戻りかけたら、偶然にも階段のところでジーコさんとばったり出合って
B&Jのグアム旅行以来の再開をすることがが出来ました。

【北京ダック】 【銀河街観光夜市】
食事のあとは今回の台北でのわたしたちのグループの案内をしてくれている
「福星旅行社」のオプショナルツアー(というほどでは無いですが)で夜市へ向いました。
オプション代金は一人500元と少し高めだったのですが、個人で行くのも面倒なので決めました。
てっきりかの有名な「士林夜市」へ行くものと思っていたら、かなりバスで走った郊外の
松山というところにある「銀河街観光夜市」というところでした。
昼間は道路だと言う300mほどの一本道が夜は夜市に変身するとのことでした。
バスを降りたらいきなり「豆腐の腐った料理(名前は忘れました)」の強烈な臭いがしてきて、
バスに戻って帰ろうかと思ったほどですが、気をとりなおして夜市へと向いました。
ただ、規模も比較的小さいみたいで、特に見るものも買うものも無くて早々に引き上げました。
それと旅行社からもらったショッピングバッグ引換券と、ジーコさんに聞いて印刷してきたクーポン券で
コースターをもらってこようと、ホテル近くのDFSへ向ったのですが、
ホテルを出たところで偶然「りんりんさん」から声を掛けてもらい少し話しが出来ました。
もともと閉店時間ぎりぎりだったので、ダメモトでDFSを覗いてみたのですが、
案の定DFSに着いたら5分前だったのですが入れてもらえませんでした。
あとは明日に備えて近くのセブンイレブンでビールを調達して早めに寝ることにしました。
【第2日目、2003.9.3】
一夜明けてホテルでのバイキングの朝食を済ませて、世界三大博物館(あとの2つは何処?)
の1つと言われている「故宮博物院」へ向いました。
ここでもたくさんの「台湾無料招待ツアー」のバスがやってきていて日本人だらけだったのですが、
1時間30分という限られた時間で早足で見学しました。
展示している宝物によって写真を撮って良い所とダメなところがあるみたいなのですが、
人が入り乱れているのと各部屋の仕切りがよく分らないので、適当に写真を撮っていたら
係りの女の人が目の色を変えて飛んできました。(オルセー美術館でも同じでしたが・・・)
最後に1階のショップで土産物の「手鏡」を買ったのですが、残念ながら行く前から調べていた
名刺印刷用のPC用紙が見当たらなくてきっちり買い忘れてしまいました。
そのあとは免税店に寄ってから「忠烈祠」へ向いました。
ここでは衛兵の交代式があるのですが、ちょうど12時の炎天下で大汗の中見学しました。
予想していたより長い交代時間で、門から忠烈祠まで衛兵さんと一緒に歩くのですが、
これがなかなか距離があってちょっと中だるみ状態になったのですが、
ところがドジなことにカメラのフィルムは無くなるは、ビデオカメラの電池は切れるはで、
あわててバスに戻ったのですが、運転手さんがいなくて散々な結果に終わってしまいました。
その後は歓迎昼食会の開かれる円山大飯店に向かいました。
今回の旅行は1〜10日にまたがって計画されたみたいですが、今日の昼食会にあわせて
招待客1000名のうち約半数を集めたみたいで、エレベータに乗れないぐらいの大混雑で
宴会場のある台北市街が見渡せる12階に集合となりました。
会場は43個もテーブルがあって、わたしたちは左手前方の9番テーブルに陣取りました。
中国古式音楽の演奏なんかもあって和やかな雰囲気の中、主催者の「台湾交通部観光局長」の挨拶が
「みなさん こんばんは」で始まりました。(昼間だったのですが・・・・)
今回の招待旅行はSARS騒ぎで離れた観光客を呼び戻すというキャンペーンだったので、
他の関係者の皆さんも台湾観光のリカバリーについて熱弁されておられました。

【故宮博物院】 【忠烈祠】
本日のメニューは飲茶料理ということで、点心類がいろいろ運ばれてきました。
ただ以前に昆明に行ったときのパーティでも気づいたのですが、最前列に陣取った関係者の
テーブルだけは飲み物も違うし、料理も一人づつ器に入れて運ばれるという特別待遇でした。
原住民(高砂族?)の踊りなんかのアトラクションも有って淡々と昼食会が進められたのですが、
そんな中、わたしたちはあちこちのテーブルに散らばっている浪花の悔いず狂HP関係者(?)が
三々五々集まってきて、写真を撮ったりいろいろと話ができました。
(あれだけの人数なので残念ながら集まれなかった方もおられたのですが・・・・)
その代わりと言ってはなんですが、最後の料理は食べ損なってしまいました。
昼食会のあとは映画「非情城市」のロケでも有名な「九分」へと向かいました。
台北市街から約1時間あまりの海岸沿いの急斜面に広がった小さな街なんですが、
以前に金鉱が掘り出されたこともあって、ゴールドラッシュの栄華の後が見られるとのことで、
かなり期待して行ったのですが、狭い通りは人であふれていて(現地の若者が多かった)
ゆっくり散策をするような雰囲気で無かったのが残念でした。
それにレトロな海の見える喫茶店でのんびり過ごしたかったのですが、
それも残念ながら時間の都合で許されませんでした。(自費でゆっくり来いということでしょうか?)

【歓迎昼食会にて】 【九分にて】
その後九分から山を下ったところにある、夕食場所である翡翠湾の福華大飯店に移動しました。
ここはかなりでっかいリゾートホテルみたいで、各種アクティビティも揃っていそうで、
プールサイドではコンバースの2004モデルの発表会なんかもやっていました。
レストランでの広東料理の食事のあと、いよいよ天燈上げの準備に入りました。
もともと予想していたのは、ちっちやな提灯みたいなものだと思っていたのですが、
けっこうでかくて広げるとからだの半分ぐらいある大きさでした。
それに4人一組でそれぞれお願い事を書くのですが、
もちろんわたしはみなさんの想像通り、「海外旅行に当たりますように!」と書きました。
上げるのはホテルの広大な敷地の庭からなんですが、第一陣の天燈がなかなか上がりません。
でっかい提灯の下にろうそく(?)状のようなもので火を付けると、
提灯が膨らみ、上昇気流を利用してふんわり飛んでいくというものなんですが、
やっと第一陣の天燈が庭の木をかすめるようにふんわりと飛んでいきました。
やっとわたしたちの天燈の順番が廻ってきて、恐る恐る膨らんだ天燈から手を離したのですが、
なんとか木をかすめて低空飛行で飛んで行ったのですが、その後見えなくなるほど遠くまで
飛んで行ってくれたので、これで願い事は成就すること間違いなしと思われます。
(中には木に引っ掛かって炎上するという天燈も現れました)
幻想的で楽しかった天燈上げのあと台北のホテルに戻りました。
最終仕上げはホテルの近くにあるDFSでのお買い物だったのですが、
なんとか念願の記念品のショッピングバッグやコースターとの引き換えも済ませることが出来ました。
(1日1回とのことで空いている店内では残念ながら1回しか交換できませんでしたが・・・)
あとは残った台湾元を使ってしまおうと、あれこれ安物(?)を買いあさりました。
仕上げはマッサージに行かれる方も多かったのですが、わたしたちはホテルに戻り
明日の朝が早いということで、あっという間だったのですが荷造りを始めることにしました。

【福華大飯店】 【天燈上げ】
【第3日目、2003.9.4】
あっという間の台湾滞在だったのですが、けっこう中身も濃くて楽しく過ごせました。
朝5時起床、6時にホテルを出発というあわただしいスケジュールだったので、
朝食はホテル仕出し(?)のサンドイッチとオレンジジュースでした。
バスの中での朝食を済ませたら、中正国際空港に着きました。
あとはお世話になった「福星旅行社」のお二人とお別れして、
8時40分発のエバー航空便で一路関西空港に向かい、楽しかった台湾旅行もお終いとなりました。
また機会があったら今度も是非招待旅行で行ってみたいと思います。
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【第17回】2003年10月 「NTカッター スペインの旅7泊8日」
≪主な旅行日程≫ 7泊8日 (2003年)
10月25日(土) 自宅 ⇒ 関西空港 ⇒(KLMオランダ航空)⇒ アムステルダム(乗継)⇒ミュンヘン(乗継)⇒
バルセロナ ⇒ バルベラデルバジェス (カンパニーレホテル泊)
10月26日(日) バルセロナ ⇒ (サグラダファミリア等市内観光) ⇒ バレンシア (エクスプレスバイホリディイン泊)
10月27日(月) バレンシア ⇒ グラナダ (アルハンブラ宮殿他市内観光) (ホテルグランビア泊)
10月28日(火) グラナダ ⇒ ミハス ⇒ セビーリヤ(カテドラル他市内観光・フラメンコショー) (ホテルイスパリス泊)
10月29日(水) セビーリヤ ⇒ コルドバ ⇒ コンスエグラ ⇒ マドリード (プラガホテル泊)
10月30日(木) マドリード ⇒ (プラド美術館他市内観光)⇒ (トレド・オプションツアー)⇒ マドリード(プラガホテル泊)
10月31日(金) マドリード ⇒ (KLMオランダ航空) ⇒ アムステルダム(乗継)⇒ (機内泊)
11月 1日(土) ⇒ 関西空港 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
今回のスペイン旅行は昨年当選した「NTカッター海外旅行キャンペーン」でのA賞当選での旅行です。
内容は30万円までNTカッターが出してくれるというもので、「LOOK JTB」のパッケージ旅行から
自由に行先及び時期を選べるというものでした。
当初は30万円以内にこだわって以前に当選して行けなかった西オーストラリアのパースにしようと
計画をしていたのですが、やはり二人で30万円では足が出そうなので、どうせ足が出るなら
ヨーロッパ方面が良いということで、ドイツとスペインに候補を絞り検討していたのですが、
ドイツは最小携行人員に達しないとのことで、やっと行先がスペインに決定しました。
そんな訳で決めたパッケージツアーは「とくだね 陽光きらめく情熱のスペイン8日間」です。
行く時期も最初は9月で検討していたのですが、台湾旅行の懸賞の出発日が9月だったので、
バッティングするとまずいのと、旅行代金も10月に入ると多少安くなるのでこの時期としました。
それでも最終的には約10万円ほどの旅費の持ち出しとなったのですが、
こればっかりはやむを得ぬ出費で、それも5月に当選した旅行券を換金して旅費に充てました。
【第1日目、2003.10.25】
この時期のスペインは日本とあまり気候も変わらないということで、
あまり準備もしないままあっという間に出発の日がやってきました。
今回は懸賞旅行にしては珍しく(?)出発時期も出発空港も自分で選べるという
貴重なパターンなので、もちろん出発は関西空港としました。
関西空港では添乗員さんの元にツアー客約40名が集まりツアーの説明を聞いてからいよいよ出発です。
ツアーは「LOOK JTB」でもちょっと落ちる(?)「Slim」ということで、
航空会社は相手まかせで、それもアムステルダム&ミュンヘン経由でのスペイン入りとなりました。
このややこしい乗り継ぎパターンがこの先の不幸につながるとは夢にも思わなかったのですが、
まずは10:30分発のKLMオランダ航空で一路アムステルダムに向かいました。
約12時間のフライト後アムステルダム・スキポール空港に到着しました。
今回も手持ちのドルを持って行ったのですが、とりあえず空港でユーロに両替したのですが、
残念ながらこのところのドル安で、しかもコミッションまで取られてあまり良いレートではありませんでした。
少し空港で待ち時間を過ごしてからミュンヘンへルフトハンザ航空で向かったのですが、
少し飛行機が遅れて乗り継ぎ時間が40分程しかなく、あわててイベリア航空でバルセロナへ飛び立ちました。
そんな訳でミュンヘンでマイレージの登録をしようと思っていたのですがそれもかないませんでした。
ところがバルセロナに着いてマイルの登録が出来なかったどころの騒ぎではない事態が起こりました。
なんとわたし達ツアー客全員のスーツケースがいくら待ってもターンテーブルから出てきませんでした。
KLMではたまにこんなことは有るらしいのですが、わたしにとってはまったくの初めての経験でした。
そんな訳でなんとスーツケースの無いまま手持ち無沙汰でホテルに向かいました。
いきなりのカウンターパンチで出鼻をくじかれてしまったのですが、何事も無かったようにそのままバスは走り
バルセロナ郊外のホテルに入ったのですが、添乗員さんは良くあるパターンみたいで平静そのものです。
別に皆さんの着替えや洗面具の心配もすることもなく、淡々とホテルの部屋割りをしていたのにはショックでした。
ホテルは高速道路沿いのちっちゃなホテルで、廊下が吹きっさらしの外にあるコテージみたいな造りで、
部屋には残念ながら冷蔵庫も洗面用具も置いてありませんでした。
【第2日目、2003.10.26】
前途多難の一夜が明けて今日はさっそくパルセロナの観光に向かいました。
ところが添乗員さんは皆んながもっとも気になるスーツケースの事には一言も触れずに、
今日の観光の予定のことばかりを話するので、「それよりスーツケースはどうなったん?」と聞いたら
今調査中なのではっきりしてから報告するとのことで、けんもほろろの返事が返ってきました。
そんな訳であまり気にしてばかりいても始まらないので、頭を観光に切り替えることにしました。
朝から曇りがちでいやな予感がしたのですが、まずはガウディが設計したという「グエル公園」に着きました。
ところがいやな予感が的中してバスを降りたとたんに雨が降ってきて、傘をスーツケースに入れていた人が
たくさんいたので、さっそく公園の売店で折り畳み傘を買い占めるありさまです。
(添乗員さんは後で傘代を航空会社に請求すると言っていましたが・・・・・・)
雨のグエル公園を後にして今度はかの有名な「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」に向かいました。
雑誌なんかで良く見る風景なんですが、やはり近くで見るとなかなかスケールがでっかくて、
天候は相変わらずの雨だったのですが、ここへ来てやっと気分が晴れてきました。
少し時間があったので塔のてっぺん近く(頂上)まで登ってバルセロナの街並を眺めることが出来ました。
【グエル公園にて】 【サグラダ・ファミリア】
その後は「ピカソ美術館」に寄ったのですが、若き日の作品が多くてちょっとばかりピカソのイメージが変わりました。
スペインの郷土料理のタパスの昼食のあと、なんとか行方不明だったスーツケースがミュンヘンより空港に
到着したとのことで、予定を変更して一路バスで空港に向かいました。
そこでなんとかスーツケースと涙の再会(?)を果たすことができました。
後は予定通り高速道路を走り今夜の宿泊地であるバレンシアに向かって走り、エクスプレス・バイ・ホリディインという
ここも割りとこじんまりしたホテルにスーツケースとともにチェックインしました。
夕食は近くのレストランでのパエリヤだったのですが、これが予想に反してのチキンとインゲンのパエリヤだったので、
ちょっとがっかりしたのですが、これが本場のパエリヤだそうです。
【パエリア】 【ガスパッチョ】
【第3日目、2003.10.27】
バレンシアでの一夜が明けて今日は一路グラナダへ向かっての移動です。
移動の途中のレストランでスペイン名物のガスパッチョ(冷製スープ)と
チキンのランチを済ませて、またしても小雨振る中、アルハンブラ宮殿に到着しました。
今回の目玉でもあるアルハンブラ宮殿はなかなか素晴らしくて、かなり中は広いのですが
ユーモアの有る現地ガイドさんに案内されて、カルロス5世宮殿やライオンの中庭、
ヘネラリーフェ離宮などを精力的に廻ったのですが、やはり天候が悪かったのが残念で、
ぜひもう一度良い天気の時に来てみたい気がするところでした。
後はスペイン名産の寄木細工のお土産屋さんに寄ってからホテルグランビアに向かいました。
今夜の夕食はホテルでのビーフシチューのディナーだったのですが、
食事中に現地の大学の楽隊の飛び入りの演奏がありました。
各テーブルを廻って演奏してくれたのですが、しっかりCDの売り込みをしていました。
【アルハンブラ宮殿にて】
【第4日目、2003.10.28】
今日は太陽海岸(コスタ・デル・ソル)を走って白い村・ミハスに向かいました。
今日こそは良い天気になって欲しいと思っていたのですが、太陽海岸とは残念ながら名ばかりで
ミハスに近づくにつれてまたポツポツと降ってきました。
それでもミハスについてちいさな闘牛場や白い街並みを散策していたらなんとか止んできました。
ミハスの高台から眺めた地中海の景色はなかなか素晴らしいものでした。
その後はまた高速道路を走ってセビリアに向かいました。
セビリアでは大寺院(カテドラル)の中をじっくり見学してから、97mのヒラルダの塔に登りました。
ここは昔は馬に乗って上まで登ったとのことで狭いスロープになっていて、
上まで登るのに目が廻りそうな感じですが、上から眺めるセビリアの街並みが綺麗に見渡せました。
【ミハスにて】 【ヒラルダの塔】
後はサンタクルス街(ユダヤ人街)やスペイン広場に寄ってからホテルに到着しました。
ホテルで少し休息してから、フラメンコショーの会場へ向かいました。
ここはかなり有名なところらしくて、日本人のツアー客もいっぱい来ています。
わたしたちの席は何故か最前列のかぶりつきで、ダンサーがタップするたびにほこりが飛んできて
前に置いたドリンクを思わず引いてしまうぐらいでした。
それに専属(?)のカメラマン(女性)が居て、写真をバチバチ撮りまくっていたと思ったら、
さっそくダンスの間にフラメンコの扇子のおまけ付で写真を売りに現れました。
(そんな訳でまたしても不覚にも作戦に負けて買ってしまいました)
【フラメンコショー】
【第5日目、2003.10.29】
今日はセビリアを後にして一面に広がるオリーブ畑を眺めながら一路コルドバを目指したのですが、
なんとコルドバの街に入ったとたん、非情にもまたもや雨が降ってきました。
そんな訳でまたしても傘を持って歩いてローマ橋を渡ってメスキータ(教会)に向かいました。
ここはイスラム教のモスクとキリスト教の大聖堂が混在したでっかい建物で、
ガイドさんのよく分らない日本語の説明を聞きながらの見学でした。
【メスキータ】
昼食後はセビリアの街を後にしてラ・マンチャ地方を目指しました。
ドキホーテゆかりの宿を経由してコンスエグラに着く頃にはやっと晴れてきました。
ここは丘の上に並んだ白い風車で有名なとこなんですが、近づくにつれて風車のでっかさが分ってきました。
今は使われていないとのことですが、1つの風車には入場出来るようになっていて、
面白い日本語を話すおじさんが居て楽しませてくれました。
【コンスエグラにて】
せっかく天気が良くなったというのに、あっという間に出発の時間が来ました。
そろそろ薄暗くなってきた中、高速道路を走って最後の目的地のマドリードに向かいました。
マドリードでは名物の生ハムレストランでの夕食の後、唯一別行動で高級ホテルプランに泊まる
金持ち組みを先にバスから下ろして、貧乏組みのプラガホテルにたどり着きました。
【第6日目、2003.10.30】
早いものであっという間に最終日となってしまいました。
ホテルを出て金持ち組みを拾ってから、プラド美術館に向かいました。
ここは世界三大美術館に数えられる(とっ言ってもどこが三大美術館かの定義は無いみたいですが)
有名なところで、美術の本でしか見たことのない「ベラスケス」や「エルグレコ」の作品や、
ゴヤの「裸のマハ」「着衣のマハ」なんかが惜しげもなく(?)展示してありました。
フラッシュを焚かなければ撮影はOKとのことだったので撮りまくったのですが、
なぜか一部展示品については撮影禁止とのことで、またしても台湾に続いて叱られてしまいました。
【プラド美術館にて】 【トレドにて】
後は王宮を通って治安が悪いので有名なスベイン広場で解散となりました。
とりあえず近くの三越で少しだけ買い物をして、午後はオプションでのトレドの観光です。
ずっとツアーで一緒だったバスで廻るメンバーと初めて分かれて古都トレドを目指しました。
トレドはマドリードの70Km程南にあるタホ川に包まれるようにして建つ城塞都市なんですが、
川の対岸からのトレド旧市街の眺めはスペインへ来て良かったと思える風景でした。
(なぜかここへ来て天気も良かったので・・・・)
あとはトレド大聖堂やエル・グレコの絵を見たりしてあっとう間の半日観光が終わり、
またバスに揺られてマドリードに戻りました。
今回の旅行はずっと強行軍で毎日夕食が8時過ぎということで、自由時間が全く無くて
得意(?)のスーパーに寄る暇もありませんでした。
そんな訳で土産は移動の途中で寄るパーキングエリアの売店なんかで買ったりしていたのですが、
今夜は初めてホテルの横のスーパーに寄る時間があったのですが、なんと途中で無理して買った
品物が半額近くで売られていてガックリきました。
それでも今までの損をなんとか取り戻さねばと最後の買い物を楽しみました。
【第7日目、2003.10.31】
いよいよ短かったスペインの旅も最終日となりました。
ホテルを出てマドリード空港からアムステルダム経由で帰途につきました。
【第8日目、2003.11.1】
あっという間の8日間だったのですが、無事に関西空港に着きスーツケースも無事に出てきて、
ホッと安心したのですが、なんと2名分のスーツケースがまたしても出てこないというおまけつきでした。
【えぴろーぐ】
今回は「陽光きらめく情熱のスペイン」というわりには、何故か最初から最後まで雨に振られっぱなしで、
おまけにスースケースは行方不明になるし、食事もホテルも中の下と言った感じで、余り乗り切れなかったのですが、
他の方に聞くとSlimでも他のツアーはもっと良かったとのことで、今回はたまたまだったのかも知れません。
自分で選んで来たツアーなのにこんな仕打ちとは、やはり日頃の心がけの悪さを物語っているようですが、
スペインの名誉挽回のために、今度はぜひ懸賞で当てて行きたいと思います。
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【第18回】2004年5月 「エレコム イタリア旅行(ローマフリーステイ)」4泊6日」
≪主な旅行日程≫ 4泊6日 (2004年)
1日目 5月18日(火) 自宅 ⇒ 関西空港 ⇒(JAL)⇒ ロンドン・ヒースロー空港(乗り継ぎ) ⇒ ローマ・フィウミチーノ空港 ウノベルソホテル(泊)
2日目 5月19日(水) ローマ市内観光(コロッセオ・フォロロマーノ・パンテオン・トレビの泉等) ウノベルソホテル(泊)
3日目 5月20日(木) ローマ市内観光(サンタマリア・マジョーレ寺院・浴場跡等) ⇒ オプショナルツアー(ティボリ半日観光) ウノベルソホテル(泊)
4日目 5月21日(金) オプショナルツアー(カプリ島1日観光) ウノベルソホテル(泊)
5日目 5月22日(土) ローマ・フィウミチーノ空港 ⇒ ロンドン・ヒースロー空港(乗り継ぎ) ⇒ (機中泊)
6日目 5月23日(日) 関西空港 ⇒ 自宅
【ぷろろーぐ】
今回のイタリア旅行は入院中の母が突然他界するという悲しみの中での当選だったのですが、
せっかくの当選を棄権したく無かったので、出発日を延ばしてもらいなんとか旅行にこぎつけました。
そんな訳でろくに旅行の準備も出来ない中、あっという間に出発の日がやってきました。
今回はJALの「AVAローマ・フリーステイ4泊6日」コースとのことで、
移動が無いのでローマでのんびり過ごそうという気で出かけました。
【第1日目、2004.5.18】
今回もラッキーなことに関西空港発だったので、いつもの(?)関空快速で空港へ向かいました。
空港ではAVAのツアーということで、団体旅行のような集合も詳細な説明も無くて、
たんたんとしてJALのロンドン行きの飛行機に乗り込みました。
ロンドンのヒースロー空港での乗り継ぎは2回目なんですが、歩くのが長いうえに
バスでの移動まであるので、わたしたちたった1組だけでの移動は大変でした。
それでもなんとか無事にターミナルを移動してローマ行きのアリタリア航空に乗りこみました。
ローマの空港では現地係員の出迎えがあって、今回4連泊するウニベルソホテルに到着しました。
テルミニ駅近くの便利な場所にあるのですが、冷蔵庫無し・セーフティボックス無しで、
前回泊まったスターホテルとは違って残念ながらちょっとランクが低そうなホテルでした。
男性のガイドさんが出迎えてくれて、いろいろと旅行中の説明を受けたり、
オプションの申し込みなんかをして長かった1日が終わりました。
【第2日目、2004.5.19】
オプションの日程の都合で今日は1日市内観光をすることにしました。
以前に立川ブラインドのツアーで一通り市内の観光地を廻っていたのですが、
やはり「コロッセオ」へは今回も行ってみることにしました。
ホテルからはちょっと距離があったのですが、女房が前回に懲りて地下鉄を嫌がるので
歩いて行くことにしたのですが、途中できっちり有名な「ジプシー親子」に遭遇してしまいました。
ガイドブックに書いてあるとおり、ダンボールを持って近づいてきたので、
警戒はしていたのですが、服のポケットへ手は入れてくるは、女房のバッグを引っ張るはで、
パニック状態だったのですが、なんとか振り払って事なきを得ました。
どっと疲れてコロッセオにたどりついたのですが、ここでは長蛇の列でまたもや疲れたのですが、
なんとか4年ぶりに偉大なるローマの遺跡に再会できました。
後は前回行けなかったフォロ・ロマーノの遺跡群を歩いて廻ったのですが、
なんとここでも元老院跡を覗き込んでいると、女房がバッグの中に手が入ってくると言うので
振り返ると観光客風の親子連れの母親がバッグの中をまさぐっていました。
【コロッセオ】 【フォロ・ロマーノ】
1日目からこの調子では先が思いやられそうですが、再び気を取り直してパンテオンに向かいました。
ところがなんと今度は道に迷ってしまい、なかなか目的地にたどり着けません。
なんとか地図を片手に探しまくって見つけたのですがドッと疲れてしまいました。
そんな訳で近くのトレビの泉まで行って、お目当てのジェラートを食べながら大休憩を取りました。
あとは予定の観光を切り上げてローマ三越で涼んで、ゆっくり買い物をすることにしました。
今日はいろいろあったのと、よく歩いたので早めにホテルに引き上げることにして、
テルミニ駅ちかくのビザーラで夕食を済ませて、駅の地下のスーパーで買い物をしてホテルに戻りました。
【パンテオン】 【トレビの泉】
【第3日目、2004.5.20】
昨日はローマ初日からどっと疲れたので、ホテルで遅い朝食を済ませゆっくり過ごしました。
昼からはオプションで「ティボリ半日観光」を予定していたので、ホテルの近くを散歩することにしました。
まずは近くにある「サンタマリア・マジョーレ寺院」に行くことにしました。
前回も前(?)を通ったのですが閉まっているようだったのですが、ガイドブックによると開いているみたいで
行ってみるとどうも前回に見ていたのは裏側だったことが判明しました。
そんな訳で正面に廻ってみるとちゃんと開いていて、中に入って荘厳な教会をしっかり見学しました。
あとはやはり近くにある「ディオクレツィアーノ浴場跡」を見てホテルに戻りました。
昼からはオプショナルのディボリ観光でした。
ホテルでピックアップしてもらって、ローマ郊外の小高い丘にあるティボリに向かいました。
日本人のガイドさん付きなので申し込んだのですが、バスは英語組み(?)も同伴でした。
まずは「ハドリアヌス帝の別荘」の広大な庭園跡巡りです。
かなり荒れ果てたというイメージが強いのですが、昔の栄華の頃の面影がひしひしと感じられる庭園でした。
次に訪れたのは噴水で有名な「エステ家の別荘」です。
ここには斜面を利用したさまざまな噴水があり、散歩しながら涼しげないろんな噴水の光景が楽しめました。
あとはまたバスに乗ってローマ市内に戻り、明日は朝が早いので早めに寝ることにしました。
【ティボリにて】
【第4日目、2004.5.21】
早いもので観光としては今日が最後の日となりました。
今日は今回の観光のハイライトでもあるオプションでのカプリ島観光です。
朝一番に朝食を済ませてホテルでのピックアップ後、一路バスでナポリへ向かいました。
このコースは前回にナポリ・ポンペイ観光で同じコースを走っているのですが、
今回はなんと高速道路でタイヤがバーストするというアクシデントが待っていました。
それも大バーストでスペアタイヤでは復旧不能とのことで、ローマからスペアタイヤを積んだ
別のバスが運んでくるまで高速道路上で待つという最悪のパターンでした。
2時間あまりも待たされてやっとタイヤを積んだバスが到着しました。
そんな訳で2時間遅れで一路ナポリに到着、そこから高速船でカプリ島へ向かいました。
カプリの港で小さな舟に乗り換えて、今度は待ちに待った「青の洞窟」へ。
ところがここでもたくさんの小船が待ち構えていて、なんでも順番に洞窟入らねばならないとのことでした。
結局1時間弱待たされてやっとわたしたちの順番が廻ってきました。
運が悪ければここまで来ても悪天候で洞窟入れないなんてことがあるとのことでラッキーでした。
またしても洞窟に入るための小船に乗り換えて、船頭さんに1ユーロのチップを渡そうとしたら、
「ダブルチップ」とのたまって、仕方なく「一人2ユーロ」のチップを渡したのですが、
そのかいもあってちゃんとスナップ写真を撮ってくれました。
洞窟の中は今までどの写真でみた景色よりも、神秘的で美しくて、これぞ「青の洞窟」といった光景でした。
写真も撮らねばならず、ビデオも写さねばと欲張ったおかげでうまくとれた写真は1枚のみだったのですが、
じっさいに見たなんともいえない青色が脳裏に焼き付いて大満足でした。
あとはカプリ島に上陸して島の頂上付近にあるレストランで食事をして帰途につきました。
【青の洞窟にて】
【第5日目、2004.5.22】
あっという間のイタリアだったのですが、とうとう帰る時がやってきました。
来たときと同じくホテルに迎えが来て空港に向かいました。
今回のイタリアは2回目ということであまり土産も買わなかったのですが、
最後に残ったユーロで空港で買い物をした後、またしても大移動のロンドンのヒースロー空港経由で
一路日本に向けて帰路につきました。
【えぴろーぐ】
今回のイタリア旅行は急遽行く事になったので、ローマ・フリーステイプランというのに
あまり下調べも出来なかったのですが、なんとか行きたった「ティボリ」や「青の洞窟」にも行けて、
忌中明けだというのに無理をして行って良かったと思える旅行になりました。
ただ、前回に続いてローマの治安の悪さを改めて思い知らされた旅行でもありました。
今までのベルトコンベアーに乗った団体旅行慣れしている不安をさらけ出した感じですが、
いい加減マイペースの旅行にも慣れないといけないのですが、はたしてそんな時代が訪れるのでしょうか。
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